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ドーム球場の飛行船

ドーム球場の飛行船  現在、「飛行船」というと、多くの方々がドーム球場の天井部分をゆっくりと遊泳する軟式飛行船を頭に浮かべられるでしょう。
最近では、サッカーのメジャーゲームなど、人気のスポーツゲームの際に、グラウンドの上空をゆったりと動く飛行船をよく目にします。

飛行船は、同じく空を飛行する飛行機より歴史が長く、20世紀初めから実用に供されてきました。

日本では、少し前までは企業の広告を塗装した軟式飛行船が上空を遊弋するのをよく見かけましたが、最近では上記のようにイベントの際のお客サービスに使われることが多いようです。

飛行船の始まり

飛行船の始まり  1852年にフランス人アンリ ・ ジファールが、空中に安定して浮かび、自分が意図する方向に操縦できる飛行船を作製しました。
それは葉巻形のガス気球で、長さ44 メートル、直径12 メートルという巨大なものでした(左図)。

ジファールはその飛行船に小型蒸気エンジンを搭載し、プロペラを回転させて、パリから27 km離れたのトラップまで飛行したということです。
これが軟式飛行船の始まりとされます。

硬式飛行船

ツェッペリンLZ1  軟式飛行船では、風圧により外形が変わるので高速飛行ができず、また強風にあおられると不安定になる欠点がありました。
1897年に、オーストリア人ダーフィット・シュヴァルツが、内部の骨構造によって安定した外形を維持する硬式飛行船を考案しました。
ドイツ人ツェッペリン伯爵はシュヴァルツの特許を購入して硬式飛行船の開発に乗り出し、1900年には初の飛行に成功しました。

ド硬式飛行船の内部骨構造 ツェッペリンの硬式飛行船は、アルミニウムなどの軽金属や木材などで船体の骨構造を組み立て、その上に麻または綿布の外皮を張って流線形の船体を構築しました(左の写真)。

その船体の内部に水素ガスを詰めた多数のガス袋を収納することで、巨大な飛行船体を浮揚させる浮力が得られました。
硬式飛行船では、内部に軽金属製の巨大な骨構造を持つことで船体の重量が増加するのが難点ですが、船体の外形がほぼ一定に維持されるため高速飛行が可能となり、また行船の船体を大型化することができました。

第一次世界大戦

第一次世界大戦の飛行船  上記1900年の初飛行以後、硬式飛行船は急速な進歩を遂げ、ツェッペリンは1909年には世界初の旅客を運ぶ商業航空会社を創立しました。

1914年に第一次世界大戦が勃発すると、飛行船はまず戦場の高空から敵軍の様子を偵察する目的に利用されました。当時は飛行機はまだプリミティブなレベルで、航続距離、滞空時間、安定性などの点で飛行船のほうがはるかに優れていたということです。

次いで、飛行船は戦場での敵軍部隊、敵国都市の爆撃に利用されるようになりました(左の写真)。
第一次大戦中にツェッペリン飛行船は120機ほど建造されて軍用に利用され、1916年にはドーヴァー海峡を越えてイギリス・ロンドンに空爆を行いました。

グラーフ・ツェッペリン

グラーフ・ツェッペリン  第一次世界大戦敗戦後、ドイツはしばらく連合国によって飛行船の建造を禁止されました。
それが解除になって、ドイツは画期的な巨大飛行船の建造に着手し、1928年に完成させました。
この飛行船は長さ237m、直径30m、高さ34m、容積105000㎥という巨大なもので、航続距離は1万kmにも達しました。

この飛行船は、硬式飛行船の父ツェッペリン伯爵にちなんで「グラーフ・ツェッペリン」と命名されました。グラーフ・ツェッペリンは1929年に北半球周回飛行を行い、336000kmを273時間あまりで飛行したということです。またグラーフ・ツェッペリンはこの周回飛行の中で日本にも飛来し、茨城県霞ヶ浦に着陸しました。

グラーフ・ツェッペリンは、大西洋横断を143回、太平洋横断を1回など590回の飛行を行い、167万kmを航行しました。それらの運航時間は合計17200時間におよび、その間に13100人の有料客がこの巨大飛行船の旅を楽しんだということです。

ヒンデンブルク号

ヒンデンブルク  1930年代に入ると大型飛行船による大陸間飛行の人気が高まり、グラーフ・ツェッペリンより大きな飛行船が要望されるようになりました。

1934年に全長245m、直径41.2m、容積200000㎥の巨大飛行船の建設が始まり、1936年に完成してドイツ大統領の名からヒンデンブルク号と命名されました(左の写真)。

ヒンデンブルク号は、巨大な船体でありながら、強力な4基のディーゼルエンジンにより125km/hの巡航速度で航行しました。ドイツから北米に飛行するには通常およそ60時間、逆に北米からドイツに飛ぶには50時間を要したということです。

船体内部の客室は2層構造になっており、72名の乗客用のキャビンが設けられました。キャビンではお湯のシャワーが使え、サロンにはグランドピアノが置かれていたそうです。

ヒンデンブルク号は、当初は爆発の危険がないヘリウムガスを使用する予定でしたが、ナチス台頭後はヘリウムガス生産国アメリカからの供給が少なくなったので、やむをえず水素ガスを使用して船体を浮揚させました。
1937年5月、ヒンデンブルク号はアメリカ・ニュージャージー州のレイクハースト飛行場に着陸する際に大爆発を起こし、炎上しました。爆発の原因は不明ですが、上記のように浮揚のために使用した水素ガスがもれたのではないかともいわれます。

第二次世界大戦

第二次世界大戦  上記ヒンデンブルク号の大事故以後は、旅客飛行機の急速な発達もあり、大型飛行船はほとんど使われなくなりました。

しかし今回調べたところ、1939年から始まった第二次世界大戦中には大陸間輸送船団の護衛・偵察の目的で盛んに利用されたのを知りました。

当時はドイツ海軍の潜水艦(Uボート)が多数連合国側の輸送船団の航路に出没し、ときどき浮上して船団を襲撃しました。

船足の遅い輸送船団の上空から潜水艦の出現を監視する目的には大型飛行船がもっとも適していたということです。そこでアメリカ海軍は小型の軟式飛行船を多数使って輸送船団の哨戒にあたらせ、敵潜水艦を発見すると上空から爆雷を投下して攻撃しました。この作戦は効を奏して、その後ドイツ潜水艦による輸送船の被害は大きく減少しました。

ツェッペリンNTの開発

ツェッペリンNT  第二次世界大戦後、1960年代に入ると、大型航空機の発達により飛行船の存在意義は急速に薄れました。大型硬式飛行船はほとんど建造されなくなり、宣伝広告、空中撮影、 調査飛行のための軟式飛行船がわずかに利用される状態でした。

その中ドイツ・ツェッペリン社はなお大型飛行船の研究を継続し、1997年にツェッペリンNTという新型半硬式飛行船を発表しました(左の写真)。

ツェッペリンNTは、全長75m、乗員2名、乗客12名の中型機で、巡航速度80km/h、最大航続距離900kmでした。新素材の化学繊維を外皮膜とし、炭素繊維で骨格を組んで軽量化したことにより、かつてのグラーフ・ツェッペリンなど巨大飛行船に比較してはるかに小型であるにもかかわらず、かなりの高性能をマークすることができました。

ツェッペリンNTの2号船は、2004年に株式会社日本飛行船が購入し、広告宣伝・航空撮影・地質調査・測量・遊覧飛行などに利用していましたが、日本飛行船が2010年に経営破たんしたため、製造元ドイツ・ツェッペリン社に引き取られました。

最近の軟式飛行船

最近の軟式飛行船  近年は、不景気による宣伝広告の減少もあり、飛行船が空を遊弋する姿を見るのは少なくなりましたが、最近にいたって左の写真の軟式飛行船を東京上空でときどき見かけるようになりました。

この飛行船はアメリカのアメリカンブリンプ社によって製造されたもので、全長39m、全高13m、全幅11m、体積1925uの中型軟式飛行船です。船内にはヘリウムガスが封入されています。

同機は最大時速約88kmで飛行でき、最大航続距離は965kmに達するということです。船内にはパイロットのほかに3名が搭乗できるそうです。
この飛行船で面白いのは、外皮膜が光を通すプラスティックフィルムでできており、船内に設置された内照灯により飛行船が内部からライトアップされることです。これにより夜間の宣伝広告飛行が可能になり、人気を集めています。

エアロスクラフト

ラジオ受信機  もはや過去のものになったかと思われた大型飛行船に、最近になってまた脚光が当たり始めました。ハイブリッド飛行船 エアロスクラフトは、世界最大の飛行船メーカー、ワールドワイド・エアロス社が1996年から開発してきました。

エアロスクラフトは、上昇する場合にはタンクに圧縮してあるヘリウムを飛行船本体内の気嚢に放出して浮力を得ます。飛行船を下降させるには、気嚢内のヘリウムをタンクの中に圧縮して収納します。

飛行船本体は全長約122mでアルミニウムとカーボンファイバーを使った骨組を持っており、66トンの重量物を搭載できるとされます。2013年には全長約81m、全幅約30mの「ペリカン・プロトタイプ」が完成し、テスト飛行に成功しました(上の写真)。

鉄道も道路も利用できない僻地に上空から重量物を搬入できる巨大飛行船は、たとえば戦場に戦車を送り込む、ジャングルに大型建設機械を届ける、発電所のタービン搬入など多くの用途があるということです。今後の開発進捗が期待されます。

成層圏プラットフォーム

成層圏プラットフォーム  大型飛行船に関して、最近もう一つ話題になっているのが「成層圏プラットフォーム」です。
これは、通常の飛行機が通る高度の2倍ほどにあたる高度20kmの成層圏に大型の飛行船を浮かべ、通信・放送の電波基地、地球・気象観測などの目的に利用しようというものです。

現在は静止衛星がこのような目的に使われていますが、その場合は電波強度が非常に小さくなり、かなり高性能の受信設備が必要になります。

高度20kmの成層圏プラットフォームを用いれば、電波強度も十分に得られ、電波が往復する伝送時間が短いので携帯電話にも使えるというメリットがあります。

成層圏プラットフォームは、アメリカではミサイル攻撃に対抗するための高高度防空システムとして長年研究開発が行われているそうです。今後その技術が平和目的に使われれば、コストの高い人工衛星の一部を代替する新情報システムになる可能性もあります。

高度20kmの成層圏では大気の気圧は地上の1/14になるので、飛行船を浮揚させるにはそのサイズを巨大化し、外皮幕なども極力軽量化する必要があります。
また、その領域では気温が-56℃で太陽からの熱線、紫外線が非常に強くさらに平均25m/sの風が吹くということで、飛行船には大変厳しい環境です。成層圏プラットフォームの開発は困難が予想されますが、ぜひ実現していただきたいと思います。

昔から、上空に白い雲のように浮かぶ大型飛行船は、私どもに夢を与え、見る人の心を和ませてきました。そのような大型飛行船が、新時代の要望にこたえて装いも新たに再登場しようとしています。その開発が進展するのを願ってやみません。

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