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  祝・仙石線全線復旧
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平泉から松島へ
 2008年の6月、私どもはかねてよりの念願であった岩手県平泉を訪れ、松尾芭蕉の跡を歩きました。その後は芭蕉の 『奥の細道』 とは逆に南に移動し、『奥の細道』 にも記述されている日本三景の一つ宮城県の松島を訪ねました。

平泉から松島まではJR東北本線(普通) 一本でつながっていますが、なぜか途中一ノ関と小牛田という駅で乗換えました。乗換えの連絡はそれほど悪くなく、平泉を発ってから1時間半ほどでJR松島駅に着きました。

JR松島駅は松島の海岸から少し西側に入ったところにあります。松島駅からは松島海岸のホテル・旅館を巡回するバスがあったので、私どもはそのバスに乗って予約した松島海岸のホテルに行き、午後4時過ぎにチェックインしました。

松島めぐりの船旅
 私どもは、松島のホテルで数日を過ごした後、乗船場で松島めぐりの観光船に乗り込み、松島湾の南の対岸塩釜の方向に出発しました。松尾芭蕉は400年近く前の夏に塩釜から小舟に乗り、松島の島々をめぐった後、この松島の乗船場に着いたとされます。
私どもは、芭蕉が松島湾をわたったコースを逆方向にたどったことになります。

松島めぐり

松尾芭蕉が 「ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽さむ」 とたたえた松島の絶景を目の当たりにした後、私どもは塩釜港に到着しました。松島海岸から塩釜港まで10kmあまり、約50分の船旅でした。

観光船の発着所を出て、歩いて10分あまりのところにあるというJR仙石線本塩釜駅に向かいました。このあたりは海岸近くの平坦な場所で、水産倉庫、水産加工場など漁業関係の事業所が多い地区でした。

東日本大震災勃発

JR仙石線  私どもが松島海岸を訪れてから3年も経たないうちに、数百年に一度という巨大地震が東北地方の太平洋側で起こりました。地震に伴って発生した津波が東北各地の海岸を襲い、多数の人命が失われるとともに海岸地方のインフラや建物も甚大な被害をこうむりました。

左図は、宮城県海岸地区の鉄道路線を示すものです。仙台と宮城県第2の都市石巻の間には、JR仙石線という地方鉄道が石巻湾、松島湾、仙台湾の海岸線に沿って走っています。

松島観光船が運航しているのは松島湾の奥(西部)の海域で、仙石線沿線では松島海岸駅から本塩釜駅の間になります。古来、松島海岸駅の近くは、島々が防波堤の役割をしてくれるので津波の被害を受けにくかったそうです。

JR仙石線  今回の大津波でも松島湾の島々は防波堤の役割をしたようで、松島海岸駅など松島湾西部の沿岸地域では津波の被害は比較的小さくて済んだということです。津波は松島海岸の船着場を乗り越えましたが、海岸にある瑞巌寺の参道の半ばあたりで止まったそうです。

しかし、松島湾岸北部の地域は大震災の津波で直撃され、大きな被害が出ました。
この地域ではJR仙石線は海岸のすぐそばを通っていたので、線路が津波で流され、壊滅的なダメージを受けました。仙石線野蒜駅の近くでは、線路を走行中の車両が津波に襲われ、脱線転覆するという大事故が起こりました。

仙石線の復旧開始
 仙石線沿線の主要都市である石巻、塩釜は、ともに海に面した低海抜地帯に市街が広がっています。そのため、両市とも大震災後の津波で海岸の漁業施設、住宅などに大きな被害が出て、尊い人命も多数失われました。

JR仙石線  仙石線はこの沿岸地域の主要な交通機関で、住民は仙石線なしでは暮らすのも難しくなります。また、沿岸地域の復興を進めるためにもまず仙石線が必要になります。

そこで、大震災の直後から仙石線南部仙台の近くや松島湾西岸地区など被害が比較的小さかった場所から被害の調査が始まりました。
被害がひどい場所では写真のように軌条が流されたり、電柱が倒れたりしていました。

それと並行して、全国から駆けつけてくれた支援者の皆さんにより線路、電柱、駅舎など仙石線の施設に残されたがれきや土砂の取り片づけが始まりました。

線路・駅舎の移転
JR仙石線  上記のように、仙石線は松島湾岸北部の低海抜地帯が津波で大きな被害を受けました。そこで、今後またいつか襲ってくる津波に備えるために、この地区の仙石線線路と駅舎を内陸部の高台に移転することになりました。

左の写真では、まず右側の丘陵を切り開いて線路を通し、その左側では海岸沿いの低地に多数の橋脚を立てて高架を造り、その上に鉄道を通す工事をしているのが見られます。

このような大掛かりな工事によりこの地区の仙石線線路は500mほども内陸部に移転したとのことで、今後は津波によって被害をうける恐れは大幅に減少しました。

 松島湾岸北部の陸前大塚駅から西側の松島海岸駅やそれより仙台寄りの線路は、以前からあるものを盛り土でかさ上げして使いました。場所によっては大震災によりかなり地盤が沈下したので、相当な盛り土が必要であったとのことです。
また、仙石線の線路の海側には高い防波堤を設けて津波に備えました。

仙石線復旧の進展
 国・県もJRも仙石線の復旧には力を尽くしましたが、上記のような大工事で莫大な人員、資材が必要とされ、復旧にはどうしても相当な時間がかかりました。
仙台から松島湾西岸地区までの区間は、津波などによる被害が比較的小さかったことから仙石線は早期に復旧し、大震災発生から3ヶ月足らずの間に仙台から松島海岸駅の一つ石巻よりの高城町駅までが接続されました。

一方、石巻寄りの区間については、大震災発生から4か月余りを経た同年7月16日になって矢本駅 - 石巻駅間の営業が再開されました。しかし、架線への給電をする施設の復旧が遅れたことから、電車ではなく気動車(ディーゼル車両)による運行となりました。

2015年5月30日にいたって上記の松島湾岸北部の内陸部高台移転工事が完了し、仙石線は4年2ヶ月ぶりに石巻から仙台まで全線が接続されることになりました。

仙石線

仙石東北ライン
 こうしてJR仙石線が全線復旧したのと同時に、JR仙石線からJR東北本線に乗り入れする新路線 「仙石東北ライン」 が創設されました。
前記のようにJR東北本線には松島湾西岸に「松島駅」という駅があります。その東北本線の駅の近くにJR仙石線の「松島海岸駅」という駅があります。しかし、これまでこれらのJRの駅で東北本線と仙石線との連絡・接続は行われませんでした。

これには仙石線の歴史に係わる理由がありました。仙石線はもともと宮城県沿岸地区をサービスエリアとする私鉄として出発しました。それが、太平洋戦争中の国策により当時の国鉄に吸収合併されたのです。

そのため、仙石線はその地域のJR各線とは電鉄としてのシステムがまったく異なっています。東北本線をはじめこの地域のJR各線は交流電化方式ですが、仙石線は1500ボルト直流方式となっており、それらの接続は基本的に困難です。

しかし、仙石線と東北本線を直接接続するニーズは大変大きかったので、仙石線の全線運転再開に合わせて仙石線の松島海岸駅〜高城町駅間と東北本線の塩釜駅〜松島駅間に接続線が設けられました。これにより東北本線の仙台駅と仙石線の石巻駅を直通で接続する新路線 「仙石東北ライン」 が誕生しました。

ただし、上記のように仙石線と東北本線とは電鉄としてのシステムが異なるので、新路線は気動車(ディーゼル車両)が使われることになりました。この車両は新開発のハイブリッド方式ディーゼル車両で、下の写真のカラフルなデザインで人気を博しているそうです。

駅の数が少ない東北本線の線路を走行する効果は大きく、仙石線だけを使って石巻駅から仙台駅まで走ると1時間23分を要しますが、仙石東北ラインで石巻駅から仙台駅までは特別快速電車では52分で行くそうです。

仙石東北ライン

祝・仙石線全線復旧
 東日本大震災勃発以来4年あまり、宮城県沿岸地域を走る仙石線はついに全線復旧を果たしました。松島湾岸北部の低海抜地帯で線路が流されるなど大きな被害を受けた区間は、線路が500mも内陸側の高台に移転されました。それにつれて、同区間の仙石線の駅舎も高台に新築されました。

長期間にわたって不便な思いをしてきた沿線の皆さま、仙石線全線復旧、まことにおめでとうございます。これで、将来起こり得る大地震・津波にも大きな脅威はなくなり、安心して仙石線を利用することができるでしょう。

それに加えて、仙石線全線復旧と同時に新路線 「仙石東北ライン」 が運行を開始しました。それにより上記のように仙石線の終点石巻駅までの所要時間が大幅に短くなりましたが、さらに松島海岸地区、東松島地区への交通もかなりスピードアップされました。
今後は東京方面から仙台まで東北新幹線で来て、仙石東北ラインに乗り換えて東松島地区に行く観光客が大幅に増加するでしょう。



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