旅景広々トップ 旅行の準備 旅のご注意 旅の便利帳 旅行グッズ リンク


イギリス・ロンドン
 ウェストミンスター寺院
メニューへ

戻る 次へ

ウェストミンスター寺院

 ウェストミンスター寺院は、11世紀に修道教会として建設され、以降英国国王の戴冠式がここで行われるようになりました。13世紀半ば以降、当時大陸で盛んだったゴシック様式に建てかえられてゆき、17世紀になって一対の尖塔が造られて今日の姿になりました。

ウェストミンスター寺院は巨大な墓所でもあり、寺院内部の壁と床には歴代の王、政治家、学者、詩人などが多数埋葬されています。中でも、16世紀の女王エリザベス一世の墓所がひときわ大きく立派に造られているそうです。

下左の写真は、寺院の北側入口から西側にある一対の尖塔にかけて撮影したものです。私ども見学者は、この北側入口から入場します。

ウェストミンスター寺院 ウェストミンスター寺院

上右の写真は、尖塔の部分を東側(裏側)から撮影したものです。尖塔は17世紀に建てられたもので、ネオ・ゴシックという様式の建築だそうです。尖塔は建造が比較的新しいので、寺院本体よりも外装の石灰岩の汚れが少なく、ご覧のように朝日を受けて白く輝いていました。

下左の写真は、道路を隔てて西側にあるメソディスト・セントラル・ホールの前まで行って、尖塔の部分を撮影したものです。近くにあるヴィクトリア・タワーには及びませんが、それでも尖塔は相当な高さがあるのがお分かりでしょう。

ウェストミンスター寺院 ウェストミンスター寺院

上右の写真は、一対の尖塔に挟まれた部分にある西正面入口です。こちらの方が北入口よりずっと立派なので、戴冠式など公式大行事の際は、国王はこちらの入口から寺院に入場するのでしょう。

ウェストミンスター寺院北正面

 やがてウェストミンスター寺院の開館時間(9時半)が近くなったので、私どもは北入口の前に並びました。やはり戴冠式などが行われるウェストミンスター寺院のこと、見学者のバッグなどは念入りに内容物をチェックされました。

北入口側から寺院の大伽藍を見上げると、大寺院というよりは城砦と言うほうがよいのではないかと思われます。褐色に時代の付いた外壁、剣山のようにシャープな数々の塔、肋骨のように左右に張り出している梁などのいかめしさに、圧倒されてしまいました。

ウェストミンスター寺院北正面

ウェストミンスター寺院内部

 下の写真左側は、北入口の上にあった聖母子像です。その像の上に、王冠をデザインしたと思われる彫刻が置かれています。

寺院内部のガイドツアーもあるとのことですが、私どもは、北入口にあった案内パンフレットを見ながら方々を歩き回りました。寺院内部は、残念ながら写真撮影は禁止されています。

下右の写真は、北入口の外に掲示されていたものです。なにか寺院の公式行事の様子を西入口側から撮影したものと思われます。写真の中央、大ドームの真下に、 "high altar" と呼ばれる金色の大祭壇が置かれています。

北入口の聖母子像 金色の大祭壇

壮大なアーチ天井

 下左の写真は、北入口の内側に置いてあった案内パンフレットにあったもので、西入口から聖職者一同が寺院に入ってきたのを撮影したものと思われます。寺院のアーチ屋根を支える高い石柱が林立しているのがお分かりになるでしょう。

下右の写真は、同じ部分の壮大なアーチ天井を撮影したものです。正面には、大きな縦長のステンドグラス窓が輝いています。なお、北入口の上には、これよりも大きな円形のステンドグラス窓がありましたが、その写真は案内パンフレットには掲載されていませんでした。

西入口付近の寺院内部 壮大なアーチ天井

寺院内の墓所

 前記のように、この寺院は巨大な墓所でもあり、歴代の王のほかに、政治家、学者、詩人などが多数埋葬されています。それらを訪ねて歩くと、この寺院の長い歴史が私ども見学者にも実感されます。

身廊と呼ばれる部分には、物理学者アイザック・ニュートン、アーネスト・ラザフォード、ジェームズ・クラーク・マクスウェルの墓がありました。また、進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの墓もありました。

「詩人のコーナー」と呼ばれる部分には、詩人アルフレッド・テニスン、小説家チャールズ・ディケンズ、作曲家ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル、俳優・映画監督ローレンス・オリヴィエらが埋葬されていました。

戻る 次へ



メニュー



旅景広々トップ 旅行の準備 旅のご注意 旅の便利帳 旅行グッズ リンク

このウェブの姉妹サイト
実りのとき
このウェブの姉妹ブログ
実りのときブログ