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イギリス・ストラトフォード
 アン・ハサウェイの家
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シェイクスピアの生地

 コッツウォルズのパブを出てまたバスに乗り、30分あまり走ってストラトフォード・アポン・エイヴォンに到着しました。
世界文学史上に名高い劇作家ウィリアム・シェイクスピアは、1564年にこの街に生まれました。日本では、織田信長が豪雨にまぎれて今川義元軍の本陣を強襲し、今川義元を討ち取った桶狭間の戦いの4年後に当たります。

かねてより念願のシェイクスピアの生地に着き、ガイドの案内でまず「アン・ハサウェイの家」を目指して歩き始めました。シェイクスピアはこの街で手袋や羊毛を扱う商人の三男として生まれ、ホーリー・トリニティ教会という教会で洗礼を受けました。
その後、なんと18歳のとき、ストラトフォード・アポン・エイヴォンの町外れに住んでいたアン・ハサウェイという女性と結婚します。アン・ハサウェイはシェイクスピアより8歳年上の寡婦で、前の夫との間に数人の子供がいたとのことです。

アン・ハサウェイの家
アン・ハサウェイの家

 少し歩くと、現在「アン・ハサウェイの家」と呼ばれているその建物が見えてきました。これまでコッツウォルズでよく見かけたかやぶき屋根、白い壁に木の黒い骨組みの農家です(左の写真)。かやぶき屋根には、保護のために金網がかけてあるようです。

アンは、前の夫と死別した後、この家に戻ってきて親と一緒に暮らしていました。
一方ウィリアムは、家庭の困窮もあって学業をあきらめ、家業を手伝っていました。

アン・ハサウェイの家南側
アン・ハサウェイの家南側

 ウィリアムがアンと知り合ってまもなく、アンが妊娠したので二人は結婚し、ストラトフォード・アポン・エイヴォンの別の家で暮らし始めました。その後、次々に子供が生まれたので、生活は大変苦しかったようです。

建物の横から南側に回りました。左の写真のように二つの建物が東西に連結された構造になっていますが、向かって左側にある大きな建物は、後に17世紀になってから増築されたものだそうです。

アン・ハサウェイの家入口
アン・ハサウェイの家入口

 写真右側の一段低くなっている建物に、見学者のための入口がありました。その前でアン・ハサウェイの家のガイドから簡単な説明を聞いてから、建物の中に入りました。

この建物にはかなりの数の窓がありました。当時は窓の数が税金の額を決める基準にもなっていたので、この家は「豪邸」ともいえる造りであったそうです。しかし内部を見て歩くと、やはり当時の農家の暮らしが大変厳しかったのが察せられます。

まず、壁、天井、扉、窓、階段など家の造りが大変粗雑なのが目に付きました。私も昭和20年代の千葉県の農家を知っていますが、この建物はそれらと同等レベルといえるかもしれません。
ロンドンは暖流の影響で緯度の割には暖かいといわれますが、ロンドンより北の内陸にあるこの地方では冬は一段と厳しいことでしょう。この家のつくりでは、その冬の寒さをしのぐのは大変困難であったと思われます。

また、椅子、机、ベッドなど調度が皆サイズが小さいのも見てわかりました。当時は食料も乏しく生活環境もよくなかったので、全体として体格があまり大きくなかったとされます。
ウィーンの「モーツァルトの家」やアムステルダムの「レンブラントの家」のベッドなどが小さかったのが思い出されました。

増築された建物
増築された建物

 左の写真は西側の建物で、後に家を継いだアンの兄弟が増築したものだそうです。
以前からあった東側部分の建物よりこちらの方がサイズが大きいのですが、ご覧のように屋根のひさしを短くして二階部分に寝室を2室設けています。

二階に上って内部を見たところ、意外にひろびろとしているので驚きました。窓からの採光も十分で、住み心地はなかなかよかったのではないかと思います。


ウィリアムは、23歳のころ家族をこの街に残してロンドンに行きました。ストラトフォード・アポン・エイヴォンにきた旅芝居を見て劇団俳優を志したともいわれます。

その後、1592年になってウィリアム・シェイクスピアなる人物が脚本家兼役者としてロンドンで活躍しているという記録が残っているそうです。学問のない田舎青年がこの7年ほどの間にどのようにして優れた脚本家になれたのかについてはまったく記録がなく、現在に至るまで謎とされています。

やがて脚本家兼役者として成功し、人類の宝ともいうべき優れた作品を多数世に送ったシェイクスピアは、また生地ストラトフォード・アポン・エイヴォンに帰り広大な土地を求めて屋敷を構えました。その屋敷でシェイクスピアは53歳の生涯を閉じましたが、上記アン・ハサウェイの家の西側部分はその前後に増築されたと思われます。

アン・ハサウェイの家の庭

 左下の写真はアン・ハサウェイの家の庭で、シェイクスピアの時代の庭園を模して造り、草花などもシェイクスピアの作品に登場したものを植えてあるそうです。よくいえば英国式庭園ということでしょうが、私どもの目からすれば雑然とした印象がありました。

右下の写真は、その庭にあったトイレです。当時はトイレは家に中にはなく、このように庭に設けたそうです。このトイレは、外観は当時の様式ですが内部は近代的な設備にしてあり、見学者が使えるようになっています。

アン・ハサウェイの家の庭 アン・ハサウェイの家のトイレ

事務所兼ショップ

 左下の写真はアン・ハサウェイの家の事務所兼ショップで、関連する資料や当時の物品なども展示してありました。写真から建物の屋根が急勾配に造ってあるのがわかりますが、この地方では冬にはかなり降雪があるのでしょうか。冬が相当厳しいのは確かのようです。

右下の写真は、庭の外側にあった果樹園です。冬が厳しいので、当時は夏場に採れるものはなんでも瓶詰めなどに加工して貯蔵したようです。この果樹園は主としてりんごが栽培されていたようですが、それらの果物も冬場の貴重な食料になったのでしょう。

事務所兼ショップ 果樹園

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