旅景広々トップ 旅行の準備 旅のご注意 旅の便利帳 旅行グッズ リンク


イタリア ・ ローマ
 アペニン山地の大地震
メニューへ

戻る

アルプス造山活動
 アルプス山脈は、ヨーロッパ中央部のフランス、イタリア、ドイツ、スイス、オーストリアを東西に横断する巨大山脈で、ヨーロッパの屋根とも呼ばれます。アルプス最高峰のモンブランは標高4,810mで、フランスとイタリアの国境をなし、ヨーロッパの最高峰でもあります。

現在から3000万年ほど前にアフリカ大陸が北に移動し、アフリカプレートがユーラシアプレートに衝突してその下にもぐりこんだために、海底に堆積した地層が圧縮され盛り上がってアルプス山脈を形成したとされます。

下の写真はイタリア北部ミラノ近くの上空で、飛行機の窓から北方にそびえるアルプス山脈の3000メートルクラスの連山を撮影したものです。

アルプス山脈

アペニン山脈

 数年前、アリタリア航空の直行便でローマ・フィレンツェを訪ねる旅行をしました。成田を飛び立った飛行機は、ロシア・モスクワの南を通過してセルヴィアの山岳地帯の上空を飛行しました。やがて、ギリシャとイタリア半島との間のアドリア海がみえてきました。

しばらく碧い海の上を飛行した後、イタリア半島の中央部にさしかかりました。西の方向、ローマに向けて飛行しているうちに、次第にけわしい山脈が眼下に見えてきました。南北に長いイタリア半島の背骨といわれるアペニン山脈の連山です。

このころから雲がなくなり、眼下のアペニン山脈が手にとるようにはっきり見えてきました。飛行機でアペニン山脈を越えたのはもう夕方に近くなっていたので、山脈に西側から陽があたり、山脈全体が白銀のように輝いていました。

このあたりは緯度は東京と同じくらいで比較的低いのですが、山脈の高さが2500メートル以上もあるそうで、下の写真のように深い雪に覆われていました。碧いアドリア海を超えてきた後のことで、この白銀の粧いが目がさめるほど印象的でした。

アペニン山脈

イタリア中部の地震

 アペニン山脈は、上記アルプス山脈より少し後の 「新期造山活動」 で形成されました。その造山活動は現在も行われており、その影響でアペニン山脈の南部にはヴェスヴィオ山など大規模な火山がいくつもあるそうです。

また、アペニン山脈に沿っていくつもの活断層が存在しており、その近傍で有史以来多くの巨大地震が発生してきました。下図は1980年以降のイタリア半島起こった主な地震を示すものですが、ナポリより北、フィレンツェより南のイタリア半島中部のアペニン山脈地域で巨大地震が繰り返し発生してきたのがわかります。

アペニン山脈

 上図から、近年は首都ローマの北部に伸びるアペニン山地で大きな地震が頻発しているのが見てとれます。私どもが数年前にイタリア旅行に行った際、ローマ空港に着陸する少し前に機窓から見た山脈の写真を上に掲載しましたが、近年地震が多く発生しているのはそのあたりと思われます。

私どものイタリア旅行では、ローマで市内観光をしたのち、ツアーバスで北に向かい、山中の古都シェナを経由してフィレンツェに行きましたが、その途中でかなり深い山あいの道路を通ったのを思い出しました。

ラクイラの大地震

ラクイアの大地震  2009年4月6日にローマ北東のアペニン山地のアブルッツォ州ラクイラでマグニチュード6.3の大地震が起こりました。

2004年10月23日、新潟県中越地方を震源として発生した中越地震がマグニチュード6.8とされるので、ラクイラの地震はそれよりやや規模が小さかったことになります。

それによりラクイラを中心に大きな被害が発生し、308人もの人命が失われました。

当地には教会など歴史的建築物が多数ありましたが、それらは鉄筋のない石積みの建築が大多数だったので、この地震で倒壊が多数にのぼりました。

ノルチアの大地震

ノルチアの大地震  ラクイラ地震の7年後、2016年8月24日にラクイラの北西のアペニン山地ノルチアでマグニチュード6.2の地震が起こりました。

山間僻地のことで、ノルチアでは当時の耐震基準に適合しない建物が多かったといわれます。地震が人々が就寝中の未明に起こったこともあり、120人以上の死者の大多数が瓦礫で圧死する大惨事となりました。

また、この地でも教会など歴史的建築物が多数あり、ローマ時代以来の石積み方式で造られていて現在の耐震基準には適合しないそれらの建物が大きなダメージを受けるケースが多発しました。

 2004年10月23日に起こった日本・新潟県の中越地震は、マグニチュード6.8の規模で地震による死者は68人でした。中越地震は、人口密度が低い山間地域で発生したために地震の規模の割には被害が比較的少なかったとされます。

また、中越は豪雪地帯のため、もともと建築基準法により雪に押し潰されない頑丈な建築が普及していたのも地震の被害軽減に寄与しました。さらには、その9年前に起こった阪神・淡路大震災以来建築基準法がさらに強化され、住宅も街の防災体制も次第に大地震への対応が進みつつあったのも大いに幸いしたとのことです。

前記のイタリア中部の地震は、いずれも規模としては日本・新潟県の中越地震よりかなり小さいものでしたが、2件の地震での合計死者は338人にのぼり、破損した建築物もきわめて多大となりました。

イタリアでは建築基準法が日本に比較してもともとやや甘いうえに、建築基準法への準拠を軽視して安易な建築をする傾向があるそうです。また、新しい建築基準法が適用されない教会などの歴史的建築物が多数あり、それらが大地震で大きなダメージを受けることになりました。今後、いつの日かまた襲ってくる大地震に備えて、長期的に対策をとっていただきたいものです。

戻る



メニュー



旅景広々トップ 旅行の準備 旅のご注意 旅の便利帳 旅行グッズ リンク

このウェブの姉妹サイト
実りのとき
このウェブの姉妹ブログ
実りのときブログ