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ロシア・モスクワ
 救世主キリスト大聖堂
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救世主キリスト大聖堂背面
大聖堂背面

 救世主キリスト大聖堂は、クレムリンの南700メートルのモスクワ川沿いにあります。

もともと1812年の祖国戦争(対ナポレオン戦争)の勝利を記念して建てられたのですが、その建立は国中からの寄付を集めた資金で実現したとのことです。1000年の歴史をもつロシア正教への国民の篤き信仰心が、この大聖堂に結集したのです。

最寄り駅地下鉄クロポトキンスカヤ駅で下車、地上に出ると、目の前に救世主キリスト大聖堂の巨大なドームがそびえていました(左の写真)。こちらは大聖堂の裏側にあたるようです。

大聖堂側面
大聖堂側面

 大聖堂の造りとしては、巨大な白亜の建物本体の中央に高い金色のドームがついており、建物本体にはモザイクはまったく施されていません。

イタリアなどのカトリック大聖堂を知っている私どもにも、オーソドックスで威厳のある宗教建築であると感じられます。

大聖堂の東側をまわり、モスクワ川側から大聖堂を見上げました。中央の大ドームを取り囲んで四つの小さいドームがありますが、それらは鐘楼になっているようです。
四つの鐘楼で、複雑な音色が出せるようになっているのでしょうか。

大聖堂正面
大聖堂正面

 さらに大聖堂に沿って左側に歩き、大聖堂の正面に出ました。ここはモスクワ川に面しており、大聖堂の正面から大きな橋がまっすぐに対岸に伸びています。その橋の中央部まで歩いていって、やっと大聖堂全体の写真を撮影することができました。

大聖堂の正面は、川から堂々たる正面が見えるようにこちらに向けたのでしょう。

救世主キリスト大聖堂の高さは103メートルもあるということです。クレムリン内にあるイワン雷帝の鐘楼が高さ81メートルなので、この大聖堂はそれをはるかに上回ることになります。

小さな鐘楼
小さな鐘楼

 大聖堂のまわりをさらに歩き、大聖堂の西側にいきます。歴史のある大聖堂だけに、周辺にはさまざまな建物や歴史上の記念物などが置かれています。

小さなかわいらしい鐘楼を見つけました。小さいながら、やはり金ぴかの玉ねぎ形のドームを持っています。普通の二階建ての家ほどの高さですから、大聖堂にきた教徒が自分で鐘をついて鳴らすことができるのかも知れません。
旧ソ連時代には大変な受難を体験したこの大聖堂も、現在ではふたたびロシア国民の篤い信仰の対象となっています。

背面入口

 スターリンが権力を握っていた1931年に、救世主キリスト大聖堂は爆破され、跡地に巨大な温水プールが建設されました。たかだか半世紀足らずの歴史しかなかった社会主義により、1000年の歴史をもつロシア正教が否定された結果です。
悠久の年月にはぐくまれてきた歴史資産を正しく評価できなかった急進的イデオロギーが、いかに愚かであり危険であるかを見ることができます。

1990年代のソ連崩壊が近くなったころ、国民からの要望が強まったのか、この大聖堂を再建することになりました。1997年に再建された大聖堂は、外見上は細部に至るまで爆破された以前の大聖堂と同じですが、建物の本体は以前の石積みとは違って鉄筋コンクリート造だそうです。

大聖堂をさらに左側にまわり、大聖堂の背面にでました。こちら側にも大きな扉がついており、その上には聖人たちのレリーフが並んでいます。礼拝の教徒や私ども観光客は、背面右側の入口から中に入ります。

例によって、テロ対策の荷物検査、ボディチェックが行われました。今のところ、日本の寺社や美術館ではこのようなチェックはなにも行なわれていませんが、日本で大掛かりなテロが発生しないよう祈るばかりです。

背面入口

大聖堂の祭壇

 大聖堂の巨大な空間には、香がただよい聖歌のコーラスが流れるなか、司教の低い声の説教がつづきます。大聖堂の内部は撮影禁止でしたが、売店で買ってきたパンフレットにあった大聖堂の祭壇の写真を下に転載しました。

西欧諸国の大聖堂の祭壇とはかなり異なるのがおわかりかと思います。祭壇にはキリスト、聖母や聖人などの彫像、レリーフがなく、代りにイコンという板に描かれた聖画が多数置かれています。祭壇の色調は赤と金が主体で、まばゆいばかりでした。

大聖堂の祭壇

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