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ロシア・サンクトペテルブルグ
 血の上の教会
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芸術広場
芸術広場

 サンクトペテルブルグの目抜きネフスキー大通りの中ほど、買い物客で賑わうショッピングセンター ガスチーニイ・ドボールの前を北に入っていくと、芸術広場という大きな広場があります。
広場の中央に、19世紀前半の詩人プーシキンの大きな銅像が立っていました。プーシキンはロシア近代文学の父といわれる人で、多数の詩のほかに『スペードの女王』などの小説を書きました。
プーシキンは、37歳のときこの場所の近くでフランス人と決闘をし、そのとき受けた傷により2日後に亡くなりました。

ロシア美術館
ロシア美術館

 上の写真でプーシキンの銅像の奥にあるのが、ロシア美術館です。もとはアレクサンドル一世の弟ミハイル大公が住んでいた宮殿でしたが、帝政ロシア崩壊後は「ロシア美術館」となって公開されています。

この美術館には、ロシアに関係のある美術品やロシアの画家の作品などが展示されています。中世のイコンやロシアの巨匠レーベンの絵画、近代のカンディンスキー、シャガールの作品などです。
私どもはそれらにも関心があったのですが、残念ながら時間の関係で入館することはできませんでした。

ロシア美術館側面
ロシア美術館側面

 ロシア美術館のまわりは、広大な公園になっています。左の写真は、公園の中から美術館の側面を撮影したものです。
私どももネフスキー大通りのあちこちを歩いて疲れたので、公園のベンチに腰掛けて、美術館の壮麗な建物を眺めながら一休みしました。

この近くには、ムソルグスキー記念劇場、ショスタコビッチ記念ホールなどがあり、オペラやコンサート、バレーなどの公演を盛んにしています。コンサートにも行きたかったのですが、今回は時間がなく残念ながらどこにもいけませんでした。

血の上の教会
血の上の教会

 ロシア美術館の西側を大きく迂回し、グリボエードフ運河の河畔に出ました。
北の方向を見ると、まるでおとぎの国のお城のような建物が見えました。これが、「血の上の救世主教会(スパス・ナ・クラヴィー教会)」です。

1881年3月、皇帝アレクサンドル2世が爆弾テロにより暗殺されるという事件が起こりました。この教会は、アレクサンドル2世を弔うためにその現場に建てられたもので、「血の上の教会」とも呼ばれます。
教会内部には、事件現場の石畳がそのまま残されているそうです。

血の上の教会近景
血の上の教会近景

 血の上の教会は、中世以来のロシア正教の建築様式でつくられているとのことで、カラフルなたまねぎ型の屋根を持ち、いたるところがモザイクで装飾されています。

日本人が見ると、この教会のデザインがあまりにも奇抜でディズニーランドのお城のようなのには驚かされます。

教会の内部には、福音書の様々な場面を描いたモザイク画が飾られており、説教と鎮魂歌が毎日ひびいているそうです。

血の上の教塞側面
血の上の教塞側面

 教会の東側をまわって側面に行きます。こちらから見ると、各々の塔の天辺に金色の十字架がついているのがわかります。

この教会も、他のロシア正教教会と同じように、苦難のときを経験しました。
社会主義革命後は、ここは政治犯を収容する収容所になったり、ジャガイモなど野菜の倉庫として使われたりしたそうです。

ソビエト連邦が崩壊した後、やっと教会として復活することができ、50年以上にわたって荒れるにまかされていた建物やモザイクも、その後大々的に修復が行われました。

海軍学校
海軍学校

 今日は、一日中ネフスキー大通り界隈をよく歩きました。血の上の教会の近くで地下鉄に乗り、ネバ川の北岸にあるホテル最寄の駅に向かいました。

地下鉄を降りてホテルに向かって歩いている途中、濃いピンクに塗られた建物を見かけました。水兵たちが盛んに出入りしているので、どうやら海軍関係の学校か研修センターのようです。

それにしても、この派手な色彩はどうでしょうか。もし日本の防衛庁でこのような学校をつくったら、国会でつるし上げられそうです。

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