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ロシア・サンクトペテルブルグ
 黒海ソチ / 冬季五輪
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ソチ冬季オリンピック  2014年冬季オリンピックは、ロシア南部の都市ソチで開催されます。ロシアでの冬季オリンピックの開催は、旧ソビエト連邦時代も含めて史上初です。

さて、そのソチという都市はロシアのどこにあるのでしょうか。私は数年前にサンクトペテルブルグ・モスクワの旅行をしたことがあり、ロシアの地理についてある程度の知識があったので、ソチが黒海沿岸の保養地であるのは知っていましたが、実はソチが黒海沿岸のどの辺にあるのかは知りませんでした。

私の周囲の人に訊ねると、だいたいソチという地名を聞くのは初めてだという人がかなりいました。もちろん、ソチがロシアの都市であるのも知らない人が多かったのです。

来2014年2月初めにソチで冬季オリンピックが開催され、ソチの競技会場からの映像が連日日本の視聴者に届けられるようになります。また、ソチに行って冬季オリンピックの熱戦を自分の目で見たいという熱心なスポーツファンもいらっしゃるでしょう。

そこでこのウェブページでは、ソチをはじめ黒海沿岸の各地について地理・歴史や関連する文学作品などを調べ、その地域のイメージをある程度勉強しておこうと思います。

黒海沿岸

 黒海は地中海の北東にある大きな内海で、その北岸は主としてウクライナ、東岸は主としてロシア共和国、西岸はブルガリア、ルーマニア、南岸は主としてトルコ共和国の領土になっています。下に黒海周辺の地図を示します。

黒海西南端にはボスポラス海峡があり、トルコ最大の都市イスタンブルはその海峡に面しています。黒海からボスポラス海峡およびその西側にあるダーダネルス海峡を経由して地中海東北部のエーゲ海に出ることができます。

黒海沿岸

上の地図で、右側の黒海東岸の中央に冬季オリンピックの開催地ソチがあります(地図の番号7)。そのソチについてこれから調べますが、その前に、ソチ以外の黒海沿岸各地で名前を聞いたことがある場所に行ってみましょう。

トルコ ・ サムソン

 まず、黒海南岸に面したトルコ共和国最北部の都市サムソン(地図の番号1)に行きましょう。サムソンは黒海南岸ですが、その緯度は41度で日本では青森県と同じくらいです。
冬の気温は、2月の平均最高気温が10.7℃、平均最低気温が3.7℃で、東京とあまり変わりません。黒海南岸に面しているおかげで、緯度の割にはかなり暖かいのです。
夏は、8月の平均最高気温が26.7℃、平均最低気温が19.2℃で東京よりかなり低く、また夏季の降水量が東京の1/3ぐらいで乾燥しているので、夜はとても快適だそうです。

アレキサンダー大王は、東方諸国征服の途中でこの地域を支配下におきました。

オスマン・トルコ帝国海軍 ロシアとオスマン帝国は、以前から黒海周辺の国境をめぐる紛争が絶えませんでしたが、ついに1853年11月に黒海クリミア半島の軍港セバストポリから出撃したロシア黒海艦隊が黒海南岸、サムソンの近くにあるオスマン帝国の軍港シノープを急襲し、停泊中の軍艦を砲撃しました。

当時オスマン帝国海軍の艦船は近代化が遅れていて左の写真のような帆船型の軍艦が主流だったので、ロシア黒海艦隊の砲撃に立ち向かうすべもなく、12隻中11隻が撃沈されたということです。
また、黒海艦隊の砲撃によりシノープの市街も焼き払われ、市民に多数の死傷者が出ました。

ブルガリア

 上の地図で、黒海南岸シノープから黒海沿岸を反時計方向に西岸にまわり、トルコ共和国の北に行くと、ブルガリア共和国(地図の番号2)になります。

ブルガリアは、ロシアやウクライナと同じくスラブ民族の国で、文字はロシアと同じキリル文字を使用します。ブルガリアは、多くの民族が寄り集まっているバルカン半島の東端に位置するため、古来近隣諸国との間の紛争に巻き込まれてきました。

第二次世界大戦終了時の1944年にはソ連軍が国境を越えて侵攻してきたため、ブルガリア王国は崩壊し、ソ連の衛星国家ブルガリア人民共和国が成立しました。

1989年に共産党政権が崩壊し、2001年には元国王のシメオン・サクスコブルクゴツキが首相に就任しました。2007年1月にブルガリアは欧州連合 (EU) に加盟しました。

大相撲の琴欧洲関は、ブルガリア北東部の町ヴェリコ・タルノヴォ出身だそうです。

ルーマニア

 上の地図で、黒海西岸をさらに反時計方向にブルガリア共和国の北に移動すると、ルーマニア共和国(地図の番号3)になります。ルーマニアという国名はローマ人を意味するとのことで、ラテン系民族の国家です。

ブルガリアと同じく第二次世界大戦終了時の1944年にソ連軍が国境を越えて侵攻してきたため、ルーマニア王国は崩壊し、ソ連の衛星国家ルーマニア人民共和国が成立しました。1989年に共産党政権が崩壊し、ブルガリアと同様にルーマニア共和国が誕生しました。2007年1月1日に欧州連合 (EU) に加盟しました。

ドナウ川河口 ヨーロッパで2番目に長い大河ドナウ川は、ヨーロッパ大陸の東部10ヶ国を流れてルーマニアのスリアで黒海に注ぎます。

ドナウ川の河口には広大なデルタが広がり、ドナウ川はその中を多数の支流に分かれて静かに流れます。支流の周囲には潅木や水草が生い茂り、世界でも指折りの鳥類の生息地として世界遺産に登録されました。

この地域には、モモイロペリカン、フラミンゴ、白鳥など300種類以上の鳥類とチョウザメ、カワカマスなど3,400種以上の魚が生息するそうです。

ウクライナ・オデッサ

 上の地図で、ルーマニア共和国の北と黒海北岸西部に広がるウクライナ地方は、帝政ロシア時代はロシア領、旧ソ連時代はソ連でした。1989年にソ連が崩壊した後はウクライナは独立を宣言し、共和国「ウクライナ」が誕生しました。

黒海西岸最北部の都市オデッサ(地図の番号4)では、18世紀末に女帝エカテリーナ2世の命で本格的に港湾の建設が行われ、その後は国際貿易都市として発展しました。

芸術広場 ロシアは古くから黒海オデッサに艦隊を置き、黒海・地中海に影響力を及ぼしていました。
1905年5月に日本海海戦でバルチック艦隊が全滅した直後の6月14日、そのオデッサでポチョムキンという戦艦の乗員が反乱を起こし、艦長以下の上級士官たちを拘束しました。

その反乱はまもなく鎮圧されましたが、皇帝に忠誠を誓ったはずの軍隊までが政府に反抗したのは社会に大きな衝撃を与えました。この事件は1925年にエイゼンシュテイン監督によって映画化され、世界中に知られるようになりました。

そのオデッサも1989年のソ連崩壊後はウクライナ領となり、現在では造船、製油、化学工業、金属精錬などの重工業が発展して黒海沿岸では指折りの大都市になりました。

ウクライナ・セヴァストポリ

 上記のように、現在では黒海北岸は大部分がウクライナ領になっています。上の地図で、黒海北岸から南に向かって大きく張り出している半島がクリミア半島です。
ロシアは古くからそのクリミア半島の南端にセヴァストポリ(地図の番号5)という軍港を設け、そこに黒海艦隊を置いて黒海から地中海にかけて睨みを利かせてきました。

前記のように1853年11月にセヴァストポリから出撃したロシア黒海艦隊が黒海南岸オスマン帝国の軍港シノープを攻撃したので、オスマン帝国はロシアに宣戦布告しました。
また、その後さまざまな事情によりフランス、イギリスがオスマン帝国と同盟を結んで1854年3月にロシアに宣戦布告し、大規模な戦争が始まりました。これがクリミア戦争です。

1854年9月から始まったセヴァストポリの戦いは長期化し、翌1855年9月にフランス、イギリス軍の総攻撃によりセヴァストポリは陥落しました。しかし、その後は両陣営ともに決め手のない展開となり、1856年3月のパリ条約で講和が成立しました。

セヴァストポリ 1989年のソ連崩壊後はセヴァストポリはウクライナ領となり、ロシア黒海艦隊は順次黒海東岸北部のロシア領ノヴォロシースクに移転しつつあります。左の写真は、現在のセヴァストポリ港です。

セヴァストポリには開放経済が導入され、黒海の中央部に位置するという利点により外国企業が多数進出しています。
またすぐ近くにあるヤルタと同じくセヴァストポリはもともと風光明媚な土地であり、保養・観光地として開発が進みつつあります。

ウクライナ ・ ヤルタ

 クリミア半島の南端、上記セバストポリの少し東にヤルタ(地図の番号6)があります。ヤルタは景勝の地として知られ、また海洋性気候により44度と高緯度のわりには温暖なため、帝政ロシア時代から海洋リゾートとして発展してきました。

ヤルタ 第二次世界大戦が終結に近づいた1945年2月に、このヤルタで大戦後の国際秩序をめぐる協議が行われました。
左の写真はそのヤルタ会談に出席した連合国主要3国の首脳で、左からイギリスのチャーチル首相、アメリカのルーズベルト大統領、ソ連のスターリン書記長です。

2月のことでヤルタも非常に寒く、左の写真では3人とも厚いコートを着ています。

ヤルタ 上記ヤルタ会談が行われたリヴァディア宮殿はロシア皇帝ニコライ2世の離宮として建造された美しい建物で、現在は博物館として一般に開放されています。

リヴァディア宮殿の近くには「ツバメの巣」と呼ばれる小さなお城があります(左の写真)。黒海を見渡す断崖の上に建てられており、海辺の変化に富んだ景観が楽しめることで有名です。ヤルタの緯度は44度と北海道知床と同じくらいですが、港には多数のヨットが並んでいるのが見えます。
お城の内部は現在レストランになっており、日本からの観光ツアーがよく来るそうです。

19世紀末から20世紀初頭にかけて多数の作品を残したロシアの作家チェーホフは、黒海北部タガンログに生まれ、19世紀末に療養のために気候のよいヤルタに移り住みました。
有名な短編小説 『犬を連れた奥さん』 は、ヤルタで休暇をすごす銀行員とやはりサンクトペテルブルグから保養に来た上流婦人との不倫の恋愛を描いたものです。当時の上流階級では、ヤルタに別荘を持つ人が多かったのでしょう。
チェーホフがヤルタで住んだ家が、現在チェーホフ記念館として残っているそうです。

ロシア ・ ソチ

 上の地図に見られるように、クリミア半島南端にあるウクライナ ・ ヤルタの南東、海を隔てた黒海東海岸の中央部にロシア共和国のリゾート地ソチ(地図の番号7)があります。
17世紀まではオスマン帝国は非常に強大で、黒海の沿岸はほとんどがオスマン帝国の領土になっていました。1829年に起こった露土戦争の結果、ソチをはじめ黒海東岸の海岸線地帯は戦勝国ロシアの領土になりました。

ソチはロシアの領土では最南端にあたる温暖の地で温泉もあるので、ソビエト連邦時代に保養地として交通機関、保養・療養施設などが整備されました。スターリンをはじめ、歴代のソビエト連邦の首脳たちは、この地に別荘を構えたそうです。

1989年のソ連崩壊後は、それまでの代表的なリゾート地であったヤルタがウクライナ領となったので、代わってソチがロシア共和国の人気リゾート地筆頭になりました。
現在プーチン大統領もソチの別荘で休暇をすごしていますが、最近では海外の著名人もここに保養に来る向きが多くなっているということです。

ソチ港 ソチの緯度は43度で北海道・札幌とほぼ同じです。しかし、黒海の海洋性気候のおかげで大変温暖で、夏は砂浜は海水浴客で賑わいます。最近は、夏季は内外の数百万人の観光客がソチを訪れるそうです。

ソチ港(左の写真)には黒海内のウクライナ、トルコなどからの大型観光船が盛んに来航します。ギリシャのエーゲ海、さらにはフランス、イタリアなどの地中海クルーズの観光船などもトルコのボスポラス海峡を通ってソチまで航海してくるということです。 

冬季オリンピック ソチ市内海岸近くには巨大なソチ・オリンピックスタジアム(収容人数4万人)が完工に近づき、冬季オリンピックの開会式を待っています(左の写真)。その近くにはスケート競技の会場がいくつも建設されました。

海辺の街ソチから東に40kmほど行くと、3,000m級の山々が連なる世界遺産西カフカース山脈になります。
その山ろくのヨーロッパでも有名なスキーリゾート クラスノヤ・ポリヤナで、今回の冬季オリンピックの雪上j競技が行われます。

冬季オリンピック ソチからクラスノヤ・ポリヤナまでは、新たに鉄道が敷設されるそうです。またクラスノヤ・ポリヤナでは世界中から集まる観光客を目当てに大型ホテルやロープウェイなどが盛んに建設され、地元は大建設ラッシュに沸いています。

ソチ入りする日本選手団の顔ぶれは今後まもなく決定されると思われますが、今回のソチ冬季オリンピックではスピードスケート競技、フィギュアスケート競技、スキー複合競技、そして男女のジャンプ競技などに好成績が期待されます。

ソチに行くには

 ソチでは、現在の外国人観光客は全体の10パーセント以下とのことで、国際的な保養地・観光地としての知名度はまだあがり始めたばかりです。特に日本人にとっては、ヨーロッパの中でも中央アジアに寄った黒海周辺は、これまでなじみが薄い地域でした。

そのソチには、日本からは直行航空便がありません。通常は、成田空港からまずロシア共和国の首都モスクワかトルコ共和国の玄関口イスタンブルに行き、そこから小さい飛行機に乗り換えてソチに飛びます。
  • モスクワ経由の場合

    モスクワを通過する航空便はかなりありますが、やはりロシアのナショナルフラッグ アエロフロート航空でモスクワに行き、そこでアエロフロート航空と提携している航空会社の小型飛行機に乗り換えるチケットを買うのがもっとも簡便でしょう。

      成田→モスクワ 10時間20分

      モスクワ → ソチ 2時間25分

      成田国際空港からソチ空港までの飛行距離 8,097km

  • イスタンブル経由の場合

    トルコ航空が毎日成田→イスタンブルの直行便を運行しています。イスタンブルから小型機で少し戻って黒海東岸ソチまで飛行します。イスタンブル → ソチは近いですが、別の国に飛ぶことになるので、やや面倒な点があるでしょう。

      成田→イスタンブル 12時間30分

      イスタンブル → ソチ 1時間50分

      成田国際空港からソチ空港までの飛行距離 8,092km
 



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