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スペイン ・ マドリード
 プラド美術館
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プラド美術館

 私ども美術ファンとしては、マドリードにきたからにはここプラド美術館を訪れなければなりません。プラド美術館はパリ・ルーブル美術館、ニューヨーク・メトロポリタン美術館に次ぐ規模を持つ大美術館で、3000点を超える絵画を展示しています。

特に、エルグレコ、ヴェラスケス、ゴヤなどスペイン系の画家の作品は、当然ながら私どもが美術教科書などで目にする名作の大多数がここに集められています。

美しい緑地帯のある広々としたプラド通りを通ってプラド美術館につきました。下の写真はプラド美術館の正面で、パレットを持ったヴェラスケスの銅像が立っています。

プラド美術館

 プラド美術館にはこのヴェラスケス門のほかにゴヤ門とムリーリョ門があり、それぞれゴヤとムリーリョの銅像が立っています。私どもは、南側のムリーリョ門から入館しました。ここには美しい広場があり、ちょうど色とりどりのチューリップが花盛りでした(下の写真)。

なおマドリードには、このプラド美術館以外にティッセン美術館、ソフィア王妃美術館などたくさんの優れた美術館があります。それらに共通の切符が販売されているので、私どもはプラド美術館ムリーリョ門の窓口でそれを購入しました。

ムリーリョ門

ヴェラスケスの作品

 開館時刻9時を少し過ぎたころでしたが、ムリーリョ門のあたりはもう学生の団体などでかなり混雑し始めていました。そこで、入館するとすぐにお目当てのヴェラスケス、ゴヤが展示されている部屋に向かいました。

まず、ヴェラスケスの作品は、ひとつの大きな部屋を占めて展示されていました。テレビ番組などで長年見てきた名作 《ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち)》 が目に入りました。幅 318cm、縦 276cm の巨大な作品で、その部屋のひとつの壁面を半分ほど占めています。

この作品の画面上部は、画中の人物のいる部屋の天井に至る壁面だけが大きく描かれています。そのため、人物の絵画というよりはそれら人物のいる部屋全体を描いたものという印象がありました。

《ラス・メニーナス》 のすぐ近くに、これまたテレビ番組などで長年見てきた 《王女マルガリータ》 の肖像画が2点ありました(下の写真)。

王女マルガリータ 王女マルガリータ

 王女マルガリータは、例の顔の長い国王フェリペ4世の娘で、上の肖像画はヨーロッパの他の王室に対する見合い写真の意味で制作されたとのことです。
左側は王女マルガリータが10歳ぐらい、右側は16、7歳ぐらいのときの肖像画でしょうか。どちらもさすが宮廷画家の格調の高さ、華麗さに満ちており、この時代の最高の画家といわれたヴェラスケスの圧倒的な力量を感じさせます。

ただ、これら2点の肖像画の実物を見て、非常に淡い色調で仕上げられているのに驚きました。どちらも王女の顔も非常に色が薄く、ほとんどグレーにちかい顔色でした。次に見たゴヤの作品が明るい色彩を駆使してドラマティックな効果をあげているのと対照的でした。

なお、このプラド美術館では、フラッシュをたかなければ入場者が写真を撮ってもよいことになっています。今回私は、暗い場所でもフラッシュなしでかなり品質のよい写真が撮れるといわれるデジタルカメラを使用して、これらの写真を撮影しました。
やはり光量不足で2枚に1枚は失敗してしまいましたが、それでもこれまで使用してきたデジタルカメラよりははるかに好結果が得られました。

ゴヤ自画像
ゴヤの自画像

 次に、やはりスペインを代表する画家ゴヤの展示室にはいりました。
ゴヤは、ヴェラスケスより約150年後の1746年の生まれということで、ほぼ大作曲家モーツアルトと同じ時代の人です。

この時代のスペイン絵画は華やかなロココ調が主流でしたが、ゴヤは宮廷画家でありながら人の本性をえぐり出すようなリアリスティックで力強い作品を多数制作しました。

また、大先輩のレンブラントほどではありませんが、ゴヤもかなり多数の自画像を描いているようです。

上の写真の自画像はまだマドリードに出てきたばかりの若いころの作品かと思われますが、すでに非凡な才能の輝きを示しています。

貴婦人像
貴婦人像

 ゴヤは晩年妻ホセファを失い、その後を内縁の妻レオカディア・ソリーリャと一緒に暮しました。左の写真は、その女性レオカディア・ソリーリャを描いたもので、ゴヤ最晩年の傑作となりました。

黒い背景にレオカディアの白い衣装、金髪のコントラストが華麗です。また、背景から浮き出るレオカディアの顔の肌色、そしていきいきとした眼の表情が実に見事です。

画中のレオカディアは、やさしい眼差しながらやはり凛とした気品を感じさせ、しっかりと自分を描いている画家ゴヤのほうを見つめています。

このような優雅な作品の後に、ナポレオンのスペイン侵略以降、ゴヤは一転して人間の深淵をのぞくような恐ろしい絵画や版画を描くようになります。ゴヤの作風がそのようにドラマティックな変容を示したのは、ゴヤがナポレオンがスペインにもたらした惨禍を目の当たりにしたためでした。

着衣のマハ

 ゴヤの作品の中でもっとも有名なのは、下の写真の 《着衣のマハ》 でしょう。マハとは、自由奔放に生きる伊達好みの女性という意味だそうです。
この日の夜、私どもは念願のスペイン舞踊フラメンコを観にいきましたが、そこで、私どもはマハなるもののイメージを少し得ることができました。

着衣のマハ

この 《着衣のマハ》 は、当時の社交界の華アルバ伯爵夫人をモデルとしているとされます。この着衣の作品と対になる 《裸のマハ》 というヌードの作品が描かれ、かつては秘画として貴族の屋敷の奥に収められてきました。現在では、この 《裸のマハ》 も上の写真の 《着衣のマハ》 と並んでプラド美術館に展示されています。

受胎告知
ルネッサンス絵画

 この美術館の展示作品は、中世絵画からピカソまでにわたる膨大なものです。
ルネッサンス期の名画もたくさんあり、《貝殻のヴィーナス》 などの名作で有名なボッティチェリのすばらしい作品も何枚か展示されていました。

左の写真はルネッサンス初期のイタリア・フィレンツェの画家フラ・アンジェリコが描いたフレスコ画 《受胎告知》 です。優しい中間色のトーンが印象的です。

僧侶だったフラ・アンジェリコはこの伝統的なテーマで多くの作品を残しているようで、私どもはフィレンツェのサン・マルコ修道院でやはりフラ・アンジェリコの同名の作品 《受胎告知》 を見ました。私には、フィレンツェの作品のほうがより魅力的に思われました。

ムリーリョ門

 名画の洪水を鑑賞し終わって、またムリーリョ門から館外に出ました。ムリーリョ門のすぐ南側にマドリード植物園があり、その間に小さな広場があります。広場の真ん中に花壇があり、チューリップが見事に咲いていました。その花壇の中に石柱が立っていて、その上に画家ムリーリョの銅像がありました(下の写真)。

銅像のムリーリョは、パレットを手に持っていて、足元にトランクを置いていました。ムリーリョは国王カルロス2世から宮廷画家になるよう要請されましたが、その招きをことわって郷里セビリャで宗教画を中心に制作しました。銅像の足元にあるトランクはそのセビリャへの帰郷を意味しているのでしょうか。

ムリーリョ門

プラド通りに面した木立の中のベンチに座って、美術館の中を4、5時間歩き回った足を休めました。マドリードは日本でいえば盛岡あたりの緯度にあるとのことで、木陰にじっとしていると東京より冷えびえとしてきます。それでも見上げたイベリアの空の太陽は、東京よりはるかに明るく感じました。

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