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スペイン ・ マドリード
 ティッセン・ボルネミッサ美術館
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ティッセン・ボルネミッサ美術館

 プラド美術館からプラド通りを少し北に歩いたところ、マドリード名所のひとつネプトゥーノの噴水(下の写真)のそばに、ティッセン・ボルネミッサ美術館があります。

ドイツ系の実業家ティッセン・ボルネミッサ家が収集した個人のコレクションとしては世界第2位といわれる名画の数々をスペイン政府が購入し、それを中心にして1992年に美術館としてオープンしました。美術館の建物は、もとスペイン王家の宮殿だったそうです。

美術館の収蔵は17世紀〜19世紀の絵画が中心ですが、20世紀の優れた作品もたくさん所蔵しているようです。なお、この美術館もプラド美術館で購入した美術館共通入場券で入場できます。

ネプトゥーノの噴水

レンブラント自画像
レンブラントの自画像

 さすがに近年オープンしたばかりなので、館内は明るく各部の案内も整然としており、私どもは快適に展示作品を見て回ることができました。

なお、プラド美術館とは異なり、ここでは館内の写真撮影は禁止されています。そこで、館内のショップで買った絵葉書の画像をここに掲載します。

館内に入ったばかりのところに、17世紀ネーデルランド派の名画がずらりと並んでいました。中でもひときわ光を放つのが、左のレンブラントの自画像でした。

レンブラントは、生涯に60点を超える自画像を描いたといわれます。それらは、20歳ごろのごく若いころから63歳で死ぬ直前までにわたって制作されています。

したがって、それら自画像により、レンブラントの容姿の変わってゆくさまが時系列でつぶさに示されると同時に、画家の生涯の各時点での内面世界がみずからの画筆により恐ろしいまでに描かれているのです。

19世紀を代表する大画家ゴッホも、多数の優れた自画像を残しました。しかし、ゴッホはわずか37年の生涯だったうえに画家として活動した年数が短いので、その自画像はレンブラントの自画像ほど年月の違いを示していません。レンブラントの自画像は、画家の生涯全体を示す記録となっているという点で、絵画史上ほかに類がないのです。

18世紀から19世紀にかけて活躍した大作曲家ベートーベンは、生涯に32曲の優れたピアノソナタを作曲しました。クラシック音楽の新約聖書とも呼ばれるこれらのピアノソナタは、レンブラントの自画像と同じく若いときから最晩年にいたるまで折に触れて作曲されたので、ある評論家は「これらはベートーベンの日記である」と述べています。

レンブラントの60枚あまりの自画像も、やはり「レンブラントの日記」と呼ばれてもよいのではないでしょうか。まさに、ベートーベンの32曲のピアノソナタに匹敵する芸術的内容であると思います。

さて、レンブラントの自画像は、大多数が名声を得る前の若いころと孤独になった晩年に描かれています。当然のことながら、画名が大いにあがり注文が殺到してきた時期には、自画像はあまり描かれていないのです。
このティッセン・ボルネミッサ美術館の自画像は、1643年、画家が37歳のときの作品です。前年には初期の大傑作 《夜警》 を世に出して、レンブラントの名が画壇にとどろいた時期で、この作品も 《夜警》 と同じく見るものを一度に引き込むすさまじい画力をもっています。画中の作者も、意気揚々と自信にあふれた表情をしているではありませんか。
レンブラントの自画像多いなかでも指折りの傑作といえましょう。

ドガの婦人像
ドガの婦人像

 この美術館の展示でもっとも充実しているのは、印象派およびその前後の時代の作品だと思います。その印象派の展示室で、最初に目に付いたのが、ドガの婦人像でした(左の写真)。

ドガ(1834-1917年)は、印象派の始祖モネより6歳年上で、名門美術学校を卒業後当時の美術界の重鎮アングルの教えを受けました。モネが第一回印象派展を開催したときは、ドガはすでに39歳になっていて美術界で名前が知られていました。

その後印象派運動が盛んになった時期も、ドガはその運動に理解と共感を示しましたが、ご覧のように古典的で節度のある画風は変えませんでした。

ドガは上図のような婦人像を得意としました。中でもバレリーナや踊り子の絵が多いことでも知られています。バレリーナが踊っている場面だけでなく、楽屋で休んでいたり、衣装を着替えたりする場合のしぐさなどを、あたかもスナップ写真を撮るようにいきいきと描きました。

ドガの馬の絵
ドガの馬の絵

 ドガは、もうひとつ、馬の絵も得意としました。パリ郊外ブローニュの森にあるロンシャン競馬場などに足しげく通い、左のような優れた馬の絵をたくさん描きました。

ドガが描いた馬は、馬の専門家が見ても非常に写実的であると聞いたことがあります。ドガは、当時の最先端技術であったカメラをいち早く入手して競馬場などで馬の撮影をしたということです。

モネの風景画

 印象派の大家モネの絵画もたくさんありました。下の写真は、モネ41歳のときの風景画です。モネは33歳のときパリで第1回印象派展を開催し、印象派運動を開始しました。
39歳のときに官展に初めて入選し、また初めて個展を開きました。これによって、モネの名は美術界に広く認知されることになりました。

下の作品は、その2年後に描かれたものです。外光の扱い方、水の面に映る景色など、モネの風景画のスタイルが確立しているのがわかります。

モネの風景画

そのほかに、印象派の大家ピサロ、ゴッホ、セザンヌらの絵画もたくさんありました。これらのコレクションは、個人で行ったものとしては、イギリスのエリザベス女王のコレクションに次ぐ規模だそうです。

ピカソ
ピカソの抽象画

 上記のような印象派以前の絵画のほかに、かなりの点数のピカソの絵画がありました。ピカソは、具象絵画と抽象画の両方が展示されており、前者では有名な 《鏡を持ったアルルカン》 が見られました。

左の写真は、ピカソの抽象画です。1911年、ピカソが30歳のときの作ということで、キュビズムの時代の作品です。

ピカソ以外には、カンディンスキー、シャガールなどの作品もたくさん展示されていました。現在も、ポップアートも含めた現代美術を逐次拡充しているとのことです。

美術館のなかには、明るいカフェテリアがあり、ゆっくり休むことができます。
そこで、コーヒーを飲みながら美術館のカタログをめくると、これだけの作品が個人によって収集されたのに驚きました。美術の歴史、美術館の歴史の長いヨーロッパで行われてきたコレクションの規模を、あらためて実感しました。

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