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ボストン・コモン

 コモンとは、地域の住民が共同で利用できるオープン・スペースのことで、イギリス各地では古くからこのような共有地が羊など家畜を飼ったり薪とりをするのに利用されてきました。

ボストン・コモンも、当初はそのような目的で清教徒たちが購入した土地だったのですが、やがて英国軍のキャンプとして使用されるようになり、独立戦争の発端レキシントン・コンコードの戦いの際は英国軍はここから発進したということです。

現在はボストン・コモンは、パブリックガーデンとともにボストン市中心部の貴重な大公園として、またスポーツのスペースとしてボストン市民に広く親しまれています。
パブリックガーデンからチャールス通りという大通りを渡って、東に隣接するボストン・コモンに入りました。ボストン・コモンに入ってまもなく下の写真の銅像を見つけました。

旧南教会遠望
ボストン・コモン

 軍隊の旗を持った自由の女神像で、右手にはちぎられた鉄鎖を高くかかげています。

清教徒たちが入植した後150年にあたる1770年3月5日に、有名なボストン虐殺という事件が起こりました。
イギリス本国政府がボストン植民地に課してきた重税に抗議するボストン市民たちのデモにボストン駐在のイギリス軍の兵士が発砲し、5人のボストン市民が射殺されたというものです。

この事件がボストン茶会と並んでアメリカ独立戦争の引き金になりました。左の写真の銅像は、このボストン虐殺の慰霊碑です。

独立宣言記念碑

 上記ボストン虐殺碑の近くに、下の写真のアメリカ独立宣言記念碑がありました。ボストン虐殺事件の5年後、1775年に、マサチューセッツ州などアメリカ東部海岸の13植民地はイギリスからの独立を求めてアメリカ独立戦争に突入しました。
翌1776年に東部海岸の13植民地は、独立宣言を発表してみずからの主張を世界に向けて宣言しました。独立宣言文は、トーマス・ジェファーソンらが起草したものです。

下の写真の独立宣言記念碑は、独立宣言を満場一致で採択し、全13州の代表が署名した「大陸会議」の様子を描いたものでしょう。

独立宣言記念碑

ボストン中央墓地
ボストン中央墓地

 ボストンコモン観光案内所に向かって歩きましたが、途中で方向がわからなくなりました。やむを得ず、一度南側のボイルストン通りに出たところ、左の写真の大きな古い墓地がありました。
これは、中央墓地あるいは旧南墓地と呼ばれる墓地で、独立戦争より前の1756年に創設されたということです。

墓地内に立ち並んでいる墓標は、皆薄いスレートのような平たい石で作られています。
これを見て、私は、昔読んだ 『トム・ソーヤーの冒険』 の中にあった真夜中の墓地の挿絵を思い出しました。

観光案内所
観光案内所

 中央墓地を出て、ボイルストン通りと交差するトレモン通りを北上し、ようやくボストンコモンの東正門の前に出ました。
この東正門のすぐ内側に観光案内所があります。ボストン史跡めぐりの散策路フリーダムトレイルは、この観光案内所が始点になっているのだそうです。

案内所の中に入り、このあたりの地図をもらって現在の位置を確認し、これからたどるフリーダムトレイルのコースを調べました。

案内所には、17世紀の服装をしたスタッフがいてフリーダムトレイルなどボストン史跡の説明をしてくれました。

ワシントンの銅像
マサチューセッツ州議事堂

 案内所を出てボストンコモン東正門から北方を見ると、ボストンコモンの大噴水ごしに巨大な金色のドームが輝いていました。
これが、ビーコンヒルにあるマサチューセッツ州議事堂です。

1798年に建設された歴史ある建物で、この中にはマサチューセッツ州議会上院・下院、州知事室などがあるということです。

400mほども離れているボストンコモン正門からこのように大きく見えるのですから、非常に大きな建物のようです。ドーム部は木製の下地の上に金箔が貼られてあるということです。

フリーダムトレイル
フリーダムトレイル

 ボストンコモンの東正門の前から、左の写真のように歩道上に赤い線が塗られています。この線がボストン史跡めぐりの散策路フリーダムトレイルを示します。

フリーダムトレイルは、この門を起点としてチャールス川対岸のバンカーヒル記念塔まで全長約4kmにわたります。

その間に、ボストン建設以来の歴史資産などの観光名所が16あまりあるそうです。
それらを全部回るには丸一日以上の時間が必要と思われますが、私どもは本日は午後3時ごろから歩き始めたので、夕方になるまでこのルートをたどることにしました。

パークストリート教会
パークストリート教会

 トレモン通りを北に歩いてパークストリートに出ると、通りの向こうに高い尖塔を持つ教会が見えました。これがフリーダムトレイル最初の名所パークストリート教会です。

パークストリート教会は、1809年に創建された歴史あるプロテスタント教会で、会衆派教会というピルグリムファーザーズの伝統を引く宗派に属しています。
現在ニューイングランドでは、この宗派の教会がもっとも多いということです。

パークストリート教会の尖塔は珍しい八角形の形状で、その高さは67メートルもあるそうです。

グラナリー墓地
グラナリー墓地

 パークストリート教会に隣接して、グラナリー墓地という小さな墓地があります。
ボストンが建設されてまもなくの1660年に開設された非常に古い墓地で、アメリカ建国にかかわる政治家、愛国者なども多数ここに埋葬されています。
まず、1770年のボストン虐殺事件の犠牲者たち、イギリス軍が出動したのをいち早く察知してレキシントンに通報したポール・リビア、独立戦争の指導者ジョン・ハンコック、サミュエル・アダムス、などです。

ベンジャミン.フランクリンの両親もここに葬られています(左の写真)。

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