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キングズ・チャペル
キングズ・チャペル

 前ページのパークストリート教会から少し先に行くと、キングズ・チャペルという小さな教会がありました。

1688年にイギリス本国政府が建立したもので、名前からわかるように英国国教会に属する教会です。当然ながら、英国国教の教会をボストンに建てるのにはニューイングランドのプロテスタントたちは強硬に反対しましたが、イギリス本国政府は本国の影響力を保つために建立を強行しました。

教会に隣接して墓地がありますが、これはボストン建設時の1630年に造られたアメリカでもっとも古い共同墓地だそうです。

オールド・シティホール
オールド・シティホール

 キングズ・チャペルに隣接して、オールド・シティホールというクラシックな建物があります。ボストン建設後まもない1645年に町最初の公共学校がここに開かれました。
独立戦争の立役者ハンコック、サミュエル・アダムス、ベンジャミン・フランクリンなどもその学校に通ったそうです。

その後公共学校は市中心部から移転し、そのあとに一時市庁舎が置かれていましたが、現在は、その建物はステーキハウスになっているようです(左の写真)。

建物の前には大きな樹木が茂っており、昔の市庁舎の雰囲気が残っています。

ベンジャミン・フランクリン
ベンジャミン・フランクリン像

 オールド・シティホールの前庭に、独立戦争時の政治家/科学者ベンジャミン・フランクリンの銅像が立っていました。ボストンの町で最初に立てられた銅像だそうです。

フランクリンは、ボストンで印刷業で成功した後、政界に入りました。その後アメリカ独立運動に加わり、独立戦争勃発の2年後、トーマス・ジェファーソンらと共にアメリカ独立宣言を起草しました。

また、独学でさまざまな科学研究をし、特に雷の研究のために雷雲の中に凧を揚げたことで有名です。その研究の成果としてフランクリンは避雷針を発明しました。

オールドサウス集会場
オールドサウス集会場

 またフリーダムトレイルに戻って南の方向を見ると、教会らしい高い尖塔がありました。後で地図で調べて、オールドサウス集会場という教会とわかりました。

オールドサウス集会場は、1729年に建てられた教会で、ボストンでは旧州会議事堂に次いで古い建物だそうです。

ボストンの人口が増えるにつれ、この教会の前に市民たちが集まってさまざまな議論を交わすようになりました。
1773年12月16日、ここに市民5000人が集まって議論をした結果、有名なボストンティーパーティ事件が起こりました。

ラファイエット像
ラファイエット像

 この近くにフランスの政治家ラファイエットのレリーフがありました。
アメリカ独立戦争が勃発すると、ベンジャミン・フランクリンはフランスに渡って、アメリカへの支援を求めました。それに応じてラファイエットは義勇兵としてアメリカ軍に参加し、大きな軍功をあげました。

その後ラファイエットはフランスに帰国し、やがて起こったフランス革命では議会による政治の確立を主張しました。また、「フランス人権宣言」を起草しましたが、これはその後世界各地で起草された近代国家の憲法に大きな影響を与えたとされます。

旧州議事堂
旧州議事堂

 旧州議事堂は、1713年に建造されたこのあたりではもっとも古い公共建造物です。独立戦争の後、この建物はマサチューセッツ州会議事堂として使われましたが、1798年に現在の金張りドームの州会議事堂が完成し、その役割を終えました。

その後しばらくはこの建物はボストン市役所として用いられましたが、現在は旧州議事堂の博物館、結婚式場などに利用されているということです。

正面は赤レンガ造りの3階建て、後部に白い高い塔を持つ存在感のある建物で、フリーダムトレイルの名所になっています。

サミュエル・アダムス像
アイルランド移民像

 そのあたりで、左の写真の銅像を見つけました。銅像の横にあった説明板を読むと、ボストンにきたアイルランド移民の家族をテーマにした彫刻のようです。

アイルランドでは1840年代にジャガイモ飢饉と呼ばれる飢饉が起こり、多くの難民が生き残りをかけてアメリカに向かいました。ボストンにも10万人のアイルランド移民がきたといわれます。その中には、故ケネディ大統領の曽祖父がいたということです。

アイルランド移民たちは、ボストン港湾地区の倉庫などに住み、悲惨な生活を送ったといわれます。

ファニュエル・ホール
ファニュエル・ホール

 そこからさらに北に向かって歩くと、通りの右側に白い塔のある堂々たる建物が見えてきました。これが、有名なファニュエル・ホールです。

1740年に市場として建てられましたが、やがてこの地区の集会場として利用されるようになりました。サミュエル・アダムズなど政治家が独立に向けて集会をしたり、市民に対して演説をした歴史的な建物です。

一階はみやげ物屋になっていますが、二階にはまだホールがあり、現在でも盛んに利用されているそうです 。

サミュエル・アダムス像
サミュエル・アダムズ像

 ファニュエル・ホールの正面前に、独立戦争の指導者の一人サミュエル・アダムズの銅像が立っていました。

アダムズは、早くからアメリカ東部の植民地は団結してイギリス本国から独立しなければならないと主張し、各植民地を説得して回りました。1773年に起こったボストン茶会事件を主導したのも、このアダムズであったとされます。

独立戦争の後、サミュエル・アダムズはマサチューセッツ州知事になり、永く同州の発展に尽くしました。現在でもボストンでは絶大なる人気がある人物です。

港湾地区の建物
港湾地区の建物

 ファニュエル・ホールから東に歩いて港湾地区に入ると、古い赤レンガの大きな建物が多くなりました。昔の港湾倉庫の建物の名残でしょうか。
東京でも横浜でもロンドンでも、旧港湾地区の再開発が盛んに行われています。都市の中心部に近く、広い場所が入手しやすいのがその理由です。
ボストンでも同様に再開発が盛んなようで、旧港湾地区にショッピングセンターやアパートがたくさん建設されています。

左の建物は、正面は昔のまま残し、本体はレストランやアパートに改築したようです。

カスタムハウス・タワー
カスタムハウス・タワー

 港湾地区でひときわ目立つのが、左の写真のカスタムハウス・タワーです。

もとはボストン港の税関として1910年ごろに建築されましたが、その後1915年に大時計付きのタワーが増築されました。タワーの高さは151メートルもあって、当時はボストンでもっとも高い建物でした。

港湾地区でももっとも海に近いところにこの時計塔が建っているので、フリーダムトレイルでボストン港埠頭に行ってから西のほうを振り返ると、写真のような景観になります。

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