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キングズ・チャペル
電動立ち乗り二輪車

 ボストン港湾地区は非常に広いので、そこのフリーダムトレイルをたどるのは時間もかかり、体力的にも大変です。
このあたりで貸し自転車屋を何軒か見かけましたが、自転車があれば助かるでしょう。

アメリカではセグウェイという電動立ち乗り二輪車がほうぼうで使われていますが、ここではフリーダムトレイル観光用にそれを貸し出しています。左の写真のように、レンタル店で簡単な講習を受けてから、さっそく元気よく街に乗り出していきました。

私も乗ってみたくなりましたが、今日は十分時間があるので歩いて行くことにしました。

コロンブス像
コロンブス像

 フリーダムトレイルを東に歩いて、ボストン港の埠頭に着きました。
ニューイングランド植民地は、当初プリマスから始まりましたが、やがて入植民の急増にともない、大型船が接岸できる港が必要になりました。ボストン港は水深があったため、次第にプリマス港よりボストン港のほうが栄えるようになったということです。

埠頭にはアメリカ大陸を発見したクリストファー・コロンブスの彫像が立っていました。コロンブスとボストンは直接の関係はありませんが、やはり新大陸を発見した功績に敬意を表したのでしょうか。

ヨット・ハーバー
ヨット・ハーバー

 埠頭の横のほうにはヨット・ハーバーがあり、静かな水面にヨットやモーターボートが多数係留されていました。

また、このあたりにはリゾート・ホテルと思われる瀟洒な建物が多数ありました(左の写真)。ここは、水の都ボストンの高級リゾートなのでしょう。

ここまでで、フリーダムトレイルのうちボストン中心部の部分はあらかた歩き終わりました。埠頭の入り口にあるコロンブス像の近くのベンチに座り、目の前に広がるヨット・ハーバーや周囲のリゾート・ホテルを見渡しながら一休みしました。

トロリー・ツアー
トロリーツアー

 歴史観光の街ボストンには、さまざまな観光客向けの乗物が走り回っています。
左の写真はトロリーツアーという観光バスで、フリーダムトレイルだけではなくボストンの大多数の観光スポットをカバーして営業しています。

ダックツアーという面白いサービスもあります。第二次大戦で実際に使用された水陸両用車を観光用に改造した車両を利用し、道路から川に直接乗り入れるもので、いかにも水の都ボストンらしいツアーです。宿泊したホテルのそばにダックツアーの停留所があり、お客が多数乗車していました。

ポール・リヴィアの銅像
ポール・リヴィアの銅像

 埠頭のそばの大通りを北に向かって歩き、ポール・リヴィア・モールを目指しました。

やがて、並木道の中にポール・リヴィアの騎馬銅像が見えてきました。ポール・リヴィアは、独立戦争が起こる前、ボストン駐在のイギリス軍が出動したのをいち早く察知し、馬を走らせてレキシントンの植民地民兵本部に通報したとされる愛国者です。

アメリカを代表する詩人ロングフェローが「ポール・リヴィアの騎行」という長詩を発表したことで、ポール・リヴィアの名は世界に知られるようになりました。

ポール・リヴィア・モール

 ポール・リヴィアの銅像がたっているあたりは、この愛国者を称えるポール・リヴィア・モールと呼ばれる記念公園になっています。
銅像の少し先は、赤いレンガの壁で囲まれたスペースになっており、そのレンガの壁にはポール・リヴィアに関するさまざまなプレートが取り付けられています。

下左の写真のプレートには、建設された当時のボストンの古地図が掲載されてありました。現在とは違い、市街が海に囲まれて陸地が非常に狭いのがわかります。その後、ビーコンヒルを崩した土砂で海を埋め立ててバックベイなどの市街地が造られました。

ポール・リヴィア・モール ポール・リヴィア・モール

アフガン・イラク戦争の戦死者
アフガン・イラク戦争の戦死者

 ポール・リヴィア・モールの中に、たくさんの金属片をすだれのように吊るしてある場所がありました。
近づいてみると、金属片はみな兵士たちが身に付ける認識票で、その下の地面には小さなアメリカ国旗が立っていました。

国旗の横にあったボードには、「アフガン・イラク戦争で亡くなったすべての兵士たち、民間人たちを悼む」という説明が記されてありました。ポール・リヴィア・モールに吹く風に認識票が揺れて触れあう音を聞きながら、アメリカ社会と戦争との係わり合いの深さを垣間見る思いをしました。

オールドノース教会
オールドノース教会

 ポール・リヴィア・モールから北のほうを見ると、並木道の奥にオールドノース教会の尖塔が輝いていました。
オールドノース教会は、由緒あるアメリカ聖公会系の教会で、創建は1723年とボストンに現在使用されている教会の中でもっとも早いということです。

イギリス軍の出動を察知したポール・リヴィアは、それを川向こうレキシントンの植民地民兵本部に知らせるために、オールドノース教会の尖塔に2個のランタンをかかげさせたとされます。 当時はこの尖塔がボストンでもっとも高い建物だったそうです。

コップスヒル墓地
コップスヒル墓地

 オールドノース教会を抜けて、北西の方向に伸びるハル・ストリートという通りを登って行くと、コップスヒルという丘になります。

コップスヒル墓地は、17世紀後半からの古い墓地でかなりの広さがあります。内部は写真のように建設当時のボストンを思わせる質素な墓が連なっています。
ボストン創成期の牧師一家として有名なマザー家の墓が、ここにあるそうです。

ここはボストン湾の南の高台で、対岸のチャールスタウンまで1kmほどです。独立戦争の際は、イギリス軍がここに砲台を置き、チャールスタウンを砲撃しました。

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