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メトロポリタン美術館

 セントラルパーク東側を通る5thアヴェニューを北に歩いて、メトロポリタン美術館の前に着きました。メトロポリタン美術館もセントラルパークの内部、中央部東端にあります。
5thアヴェニューの東側はアッパー・イーストサイドと呼ばれ、マンハッタンの高級住宅地として、また博物館、美術館が多数ある地域として有名です。

マンハッタンのシンボルの一つメトロポリタン美術館は、広い石段の上に入口が置かれています。日当たりのよいその石段には、いつもニューヨークっ子が多数たむろして、日向ぼっこをしたり、ものを食べたり、楽器を鳴らしたりと思い思いに時を過ごしています(下の写真)。

メトロポリタン美術館入口

アメリカは、19世紀後半には合衆国史上最大の戦争である南北戦争(1861年 - 1865年)を経て中央政権を確立し、世界列強の一国になりましたが、美術館、音楽ホールなど文化施設の面ではなお歴史ある西欧に及ばないのが実情でした。

その時期に、アメリカ経済の中心地ニューヨークに西欧の大美術館に匹敵する美術館を創設しようという運動が起こり、1870年にメトロポリタン美術館が開館しました。
アメリカ建国の地ボストンに今日世界的に知られるボストン美術館が開館したのは、アメリカ独立百周年にあたる1876年のことです。従って、メトロポリタン美術館はそのボストン美術館より6年も早く開館したことになります。

しかしメトロポリタン美術館は、他の母体から美術資産を継承したわけではなく、まさにゼロからの開館だったので、当初は大変な苦労があったようです。やがて、美術館の基金が拡充してそれによる購入が増え、さらにアメリカ国内の個人収集家からの寄贈が増加して、メトロポリタン美術館の収蔵は急速に拡大して行きました。

高層ビル群遠望 高層ビル群遠望

メトロポリタン美術館は、民間のNPOが運営していて、入場料は当初は無料でした。この巨大な美術館を運営し、さらに収蔵を多くするには巨額の経費がかかりますが、それは美術館基金の運用収益と国内外からの寄付でまかなわれてきたのです。

しかし、やがてメトロポリタン美術館は運営難におちいり、「入場者からの寄付」という名目で実質的な入場料をとるようになりました。現在は入口のところに「25ドルではどうでしょうか」という掲示がありますが、これは任意の寄付ということで、お金がない人は出せる範囲で寄付し、金持ちは金持ちらしく太っ腹に寄付してくださいという意味だそうです(^_^)。

私どもが行ったときには、メトロポリタン美術館の石段の下に大型のスクールバスが停まっていました。ニューヨークの学校では、このようにスクールバスで美術館、博物館などに校外学習に来ることが多いそうです。

ヨーロッパ近代美術

 現在ではメトロポリタン美術館の収蔵は、絵画・彫刻など美術作品にとどまらず装飾品・家具・楽器などにも及んでおり、その総数は330万点に達するということです。
それらのうち約1/4が館内に展示されているとのことで、私どもは時間の関係で本館2階にあるヨーロッパ近代美術の展示中心に見ることにしました。

最近では世界の大美術館でも、収蔵点数の増加につれ、近代、現代の美術作品を分離する方向にあります。ルーブル美術館でも、プラド美術館でも、ロンドンのナショナル・ギャラリーでも、印象派以降の作品は展示されていません。

その中で、ロシア・サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館とこのメトロポリタン美術館は、すべての時代にわたる美術作品を収蔵し展示しています。特にメトロポリタン美術館の収蔵は驚くべき広さのジャンルにわたっており、まさに世界一のバライエティといえましょう。

たとえばヨーロッパ美術については、メトロポリタン美術館ではギリシャ彫刻からピカソなど現代絵画に至るまでの収蔵・展示をしています。ピカソの作品は、同じニューヨークにある近代美術館が世界一の収蔵を誇っていますが、メトロポリタン美術館もそれに近い点数のピカソ作品を持っているのです。

レンブラント 《自画像》

 本館2階のヨーロッパ近代美術展示室に入ると、レンブラント の《自画像》が目に入りました。レンブラントは、生涯に60点を超える自画像を描いたといわれます。それらは、20歳ごろのごく若いころから63歳で死ぬ直前までにわたって制作されています。

19世紀を代表する大画家ゴッホも、多数の優れた自画像を残しました。しかし、ゴッホはわずか37年の生涯であったうえに画家として活動した年数も短いので、その自画像はレンブラントの自画像ほど年月の違いを示していません。

ラムジー・プレイフィールド レンブラントの自画像は、画家の生涯全体を示す記録となっているという点で、絵画史上ほかに類がありません。
それら自画像により、レンブラントの容姿の変わってゆくさまが時系列でつぶさに示されると同時に、画家の生涯の各時点での内面世界がみずからの画筆により恐ろしいまでに描かれているのです。

この作品は、1660年、画家が54歳のころの制作です。それより10年ほど前からレンブラントは美術作品売買の投機失敗などにより、窮乏生活に陥りました。
やがて、レンブラントは財産を裁判所によって没収され、破産状態になりました。
この自画像は、そのような苦境に入ったころのレンブラントが自己の内面と向き合って描いた作品です。

コロー 《子供の肖像》

 コローは、19世紀フランス自然主義の画家で、いわゆるバルビゾン派の中心的存在でした。コローはロマン主義絵画を興したドラクロアとほぼ同年の生まれということで、長年サロンをリードしてきたアングルを代表とする新古典派に対し、19世紀前半から中ごろにかけて新時代の絵画を創造する運動が非常に活発になった様子がうかがえます。

コローは、同じく自然主義の画家として知られるミレーらとともに、パリの南方50km、セーヌ川上流にあるバルビゾン村やフォンテーヌブローの森に滞在して、その地の風景画を制作しました。フォンテーヌブローの森は、バルビゾン派画家の聖地になったということです。

コロー  《子供の肖像》  それらの作品は、当時急速に力を着けつつあった市民階級の支持を得て、サロンにも自然主義的な風景画が出展されるようになりました。日本でも、コローの風景画は古くから非常に人気があります。

その一方で、コローは若いころから人物画も手がけており、自画像も残っています。
コローの人物画は、ほとんどが身内、友人など親しい人々を描いたものです。
コローは高名な画家だったので肖像画の依頼は多かったと思われますが、それらは丁重に謝絶したのでしょう。

私は、ルーブル美術館でコロー晩年の傑作 《青衣の婦人像》 を見て以来、普通風景画家とされるコローの真髄は実は人物画にあるのではないかと思うようになりました。
日本にあるコローの風景画だけでは、コローの真価はわかりません。皆様も、ぜひルーブル美術館を訪れてください。

上の写真は、当美術館にあったコローの《子供の肖像》 という人物画です。1835年、コローが39歳のときの作品で、モデルの子供はだれか特定されていないそうです。
コローは、風景画では銀灰色や茶灰色の色調が多いのですが、この肖像画では輝くような肌色で子供の愛らしさを表現しています。黒い帽子の陰で子供の瞳が生き生きとしていて、作品の前に立つ私どもをとらえて離しません。

ドガ 《14歳の小さな踊り子》

 少し先に行くと、フランス印象派の展示室に入りました。その部屋の中央部に見覚えのあるブロンズの少女像が立っていました。ドガの有名な彫刻 《14歳の小さな踊り子》です。

日本では踊り子や優美な女性像の画家として人気のあるドガ は、印象派の開祖モネより6年前、そして印象派画家たちに大きな影響をあたえたマネの2年後の生まれです。
ドガは、モネが開始した印象派展覧会に出品し続けましたが、基本的にはアングルの伝統をくむ古典的な画風を貫きました。

ラムジー・プレイフィールド  中年以降視力の衰えたドガは、彫刻を手がけるようになりました。この少女像は1881年、ドガ47歳のときの作品で、黄銅色のブロンズ像にやはり薄い金色のバレリーナのスカートとブラウスを着せ、頭には本物の頭髪を被せてあります。

ドガが1881年にこの作品を発表したときは酷評にあい、落胆したドガは以降彫刻作品を発表することはなかったそうです(彫刻の制作はその後も継続しました)。

この作品の原像は、現在パリのオルセー美術館にあり、私も何度も見てきました。発表の際はさんざんの酷評にあったこの作品は、現在ではオルセー美術館でももっとも人気の高い彫刻になっています。

今回は私はニューヨークの前にボストンに行き、ボストン美術館を訪れましたが、そこにもこのメトロポリタン美術館と同じくこの彫刻のコピーが置かれていました。

最近の研究により、ドガがこの彫刻のモデルにした少女が特定されました。その経緯がつい最近のNHKテレビの美術番組で放映されたのを、ご覧になった方も多いと思います。

当時のオペラ座など劇場のバレリーナを目指す少女たちは、まだ幼いうちにバレリーナ養成所に入り、厳しい練習を重ねました。養成所での競争は激烈で、将来性が乏しいと判断された少女たちはやがて養成所を出るようにと告げられました。

モデルになった少女の姉もバレリーナ養成所で練習をしていましたが、結局養成所を離れることになったそうです。この少女も、やはり姉の後を追って幸薄い人生をたどったのかも知れません。このブロンズ像は、少女のその運命を私どもに語っているように思われます。



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