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アメリカ・ニューヨーク メトロポリタン美術館 (2) メニューへ

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ドゥッチョ・聖母子像

高層ビル群遠望  ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャは、13世紀シエナ派の祖とされる画家で、シエナの隣国フィレンツェで活躍した画家ジョットとほぼ同時代人だそうです。
この聖母子像は1300年ごろに制作されたとされ、木の板に金箔を貼った上にテンペラ技法で描かれています。

この絵画全体としてはビザンティン風ですが、画中の聖母の姿、表情は人間的、自然であり、後年のルネサンス絵画の基がすでに150年前のこの時代からあったのを感じさせられます。

メトロポリタン美術館はこの聖母子像を2004年に購入しましたが、その購入金額はその時点までに同美術館が一作品を購入するのに支払った金額の最高記録であったということです。

フアン・デ・パレーハ像

高層ビル群遠望  後にスペインで「画家の中の画家」と称えられたヴェラスケスは、ムーア人の奴隷フアン・デ・パレーハを制作のアシスタントとして使っていました。左の作品は、ヴェラスケスが1650年にそのパレーハをモデルとして描いたものです。

メトロポリタン美術館の中を見てきてこの作品の前に立ったとき、私はそのまま足が動かなくなりました。
安定した構図、深い色調、生き生きとした顔の表情、どれをとっても若きヴェラスケスの抜きん出た力量を示しています。

この肖像画の堂々たる存在感でわかるように、パレーハは非常に優秀な若者でした。ヴェラスケスの助手をしているうちに絵画の技術を身につけ、やがて開放された後、一人前の画家として独立したということです。

1966年に、エリザベス・ボートンデ・トレビノという作家がヴェラスケスとパレーハの師弟関係を描いた『赤い十字章』という小説を著わし、アメリカ合衆国における最も優れた児童文学の著者に与えられるニューベリー賞を受賞したということです。
この作品は、現在では日本語に翻訳され、『赤い十字章 画家ベラスケスとその弟子パレハ』というタイトルで出版されているそうです。

ヨーロッパ近代美術

 美術館の正面から入ると巨大な中央ホールがあり、そこから美術館内の各展示室に行けるようになっています。メトロポリタン美術館にはそのほかにもホールがたくさんあり、それらの一部は中庭風に高いガラス屋根が付いて外光が取り入れられるようになっています。

下の写真左は、1階のヨーロッパ彫刻展示室に隣接した大ホールを美術館2階から撮影したものです。この大ホールにも、下の写真右に見られるようにパリ・オルセー美術館の大ホールと同じような大きなガラスの三角屋根がついており、そこから秋の陽光が下の大ホールの隅々まで降りそそいでいました。

大ホールの中にも、優れた彫刻や絵画が多数展示されています。美術館内を鑑賞して歩く途中ここにきた人々も、明るく広々とした空間で一休みしながらゆったりとホール内の作品を見回していました。

高層ビル群遠望 高層ビル群遠望

フェルメール 《水差しを持つ若い女性》

 日本でも非常に人気の高い画家ヨハネス・フェルメールは1632年、レンブラントの26年後にオランダ南部の都市デルフトに生まれました。
ご存知のように、フェルメールは寡作の画家で、その絵画は現在30数点が残っているのみです。フェルメールの作品を所蔵するのが世界中の大美術館のステータスシンボルになっている中で、メトロポリタン美術館はフェルメールの作品を現在4点所蔵しているそうです。
さすがは世界のメトロポリタン美術館というべきでしょうか。

ラムジー・プレイフィールド  左は、フェルメールの中期、32歳のときの傑作 《水差しを持つ若い女性》 です。
この作品は、日本では 《手紙を読む女》 や 《青いターバンの少女》 ほどは知られていないように思われます。

この作品でもフェルメールは、左側の窓から入ってくる淡い外光によって人物や室内の静物の存在感を強調しています。
この静謐ないやしの画調が世界中の絵画ファンの心を捉えているのでしょう。

ここでは、若きフェルメールは白、青、赤の鮮やかな対比をを巧みに使って若い女性の瑞々しさをみごとに表現しています。
フェルメールは地味な色調の風俗画風の作品が多いのですが、ここでは鮮やかな色彩を使って「華」のある婦人像を描きました。

ゴッホ 《糸杉》

 1888年12月の末にゴッホとゴーギャンはアルルで激しい喧嘩をし、その後ゴッホが自分の左耳を切り取るという事件が起こりました。ゴッホは、その後も精神の不安定が続いたため、1889年5月に牧師に付き添われてサン・レミの精神療養院に入院しました。
そこでもゴッホは時折襲ってくる激しい発作に苦しみましたが、精神が安定しているときは医師の許可のもとに自由に画作をすることができたそうです。

ラムジー・プレイフィールド  やがて、療養院の医師の許可により、ゴッホは療養院近隣の野外に出て制作ができるようになりました。
この時期は、ゴッホは年間200点近い作品を制作したそうです。療養の合間を縫って、物につかれたように制作に没頭するゴッホの姿が目に浮かぶようです。

その1889年の夏に、ゴッホは南仏でよく見かけられる巨大な糸杉の木の存在感に魅了され、この作品を制作しました。
糸杉はフランス南東部で冬から春にかけて吹きつのるミストラルにより枝がねじ曲げられてこのような姿になるということです。

しかし、この作品では、糸杉だけではなく空の雲、野原の草や遠くの山脈までうねったり渦を巻いているように描かれています。この時期はゴッホの精神状態はなお不安定であったのを反映しているのでしょうか。

美術館前のストリート・ミュージシャン

 巨大美術館で名画の数々を見て、すっかり圧倒されてまた美術館の正面に戻ってきました。メトロポリタン美術館の正面入口は、前の道路から高い石段を登った上にあります。

その石段を降りかけたとき、石段下の五番街の歩道に大きな体の男たちが並んでなにか歌っているのが見えました。右端の一人は、歩道にコントラバスを立てて歌に合わせて演奏しています。どうやら、ストリート・ミュージシャンの一団のようです。

メトロポリタン美術館の石段にはいつもニューヨーク子たちが多数座って時を過ごしていますが、その人たちを聴衆に見立てて演奏を始めたのでしょう。石段に座っている人たちはもちろん大喜びで、手拍子、拍手を入れながら演奏を楽しんでいます。
五番街の歩道を通る人々も、しばし足を止めてグループの演奏に聴き入っていました。

メトロポリタン美術館入口

このような光景は、世界のほかの大美術館では見たことがありません。メトロポリタン美術館がニューヨークの目抜き通り五番街に面していて、また大公園セントラルパークの中にあるので、ニューヨーク市民たち皆に心から愛されているのでしょう。



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