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近代美術館

 セント・パトリック大聖堂を出て、マンハッタン・ミッドタウンの53stにあるニューヨーク近代美術館に向かいました。この美術館は正式の名前は "The Museum of Modern Art" ですが、ニューヨーク子はそれを略してMoMAと呼んで親しんでいます。
私も、これまでニューヨークに来た場合にはかならずこの美術館を訪れています。

近代美術館 MoMAの建物はミッドタウンの高層ビル群の中にあり、その前面はガラス張りの近代的な造りになっています。

私どもは2000年にこの美術館を訪れていますが、その後2005年には日本人建築家の設計による新館が完成し、展示のカテゴリも大変増加しました。

MoMAの収蔵品・展示品は、絵画・彫刻にとどまらず、自動車・パソコンなど工業製品、商品デザイン・ポスター、写真・映画など極めて多分野に渡ります。

新館の中央部には、Contemporary Highlights という現代美術のコレクションを展示する広いギャラリーがあります。

MoMAの収蔵絵画

 マンハッタンには、メトロポリタン美術館という世界有数の大美術館があります。そのメトロポリタン美術館は、エジプトなど古代美術から現代作品までという広い時代範囲にわたる膨大な収蔵・展示を誇っています。

フランスでは、ルーブル美術館から19世紀後半以降の収蔵が分離され、オルセー美術館に移管されましたが、このMoMAも19世紀後半以降の作品を中心に収蔵しています。
フランスの19世紀の画家を例にとると、MoMAのウェブサイトを検索した範囲ではフランス近代絵画の祖とされるドラクロアの収蔵はほとんどありませんでした。また、印象派の前駆者ともされるマネの作品の収蔵も少ないようです。

マネのすぐ後、1834年生まれのドガの前後からMoMAの収蔵は非常に多くなっており、それ以降の印象派の収蔵では質、量ともにメトロポリタン美術館の収蔵をしのいでパリ・オルセー美術館に迫る規模になっています。

さらに、現代作品とりわけピカソの収蔵では、MoMAは他の美術館を大きく引き離して世界一の座を占めています。現在はスペイン・マドリードにある二十世紀を代表する名画ピカソの 《ゲルニカ》 も、もとはこの美術館にあったのです。

ドガ 《帽子店にて》
ドガ 《帽子店にて》

 MoMAの4階にある19世紀絵画の一角に、ドガの作品がかなりありました。

左の写真は 《帽子店にて》 という題名の婦人像です。
親が裕福だったドガは、女友達が多かったそうで、それらの女性にドレスや帽子をよくプレゼントしたということです。帽子を選ぶ女性を描いたドガの作品は、スペイン・マドリードの美術館でも見たことがあります。

日本ではドガは「踊り子の画家」として知られていますが、ドガはこのような優美な婦人像や馬を描いた作品も多く制作しました。

モネ 《すいれん》

 モネは、ドガの6年後、1840年の生まれで、ノルマンディで風景画家ブーダンの教えを受けた後、パリに出て行きました。モネとその仲間たちは、1874年にパリで第一回印象派展を開催し、以降新時代の芸術活動を展開するようになりました。

1883年に、モネはパリ西方、セーヌに沿って80kmほど下ったところにあるジヴェルニーに移住しました。その地で、モネは庭にセーヌの支流から水を引き込んで睡蓮の池を造り、日本風の橋をかけた「水の庭」を造成しました。

モネは、大聖堂、積みわらなどのモチーフが時間が経過するにつれ光の当たり方が変わって行くさまを描いてきましたが、1890年代の終わりからは上記ジヴェルニーの庭の睡蓮にテーマを絞って連作を数多く制作しました。
下の写真の作品は、晩年の1914年に描きはじめ、亡くなる1926年まで手を加えていたということです。睡蓮の池面の夕陽が当った部分と当らない部分との温度差が見るものに伝わってくるようなリアリティのある優れた作品です。

モネ 《すいれん》

ゴッホ 《星月夜》
ゴッホ  《星月夜》

 MoMAは1929年に開館しましたが、第一回展示は「セザンヌ、ゴーギャン、スーラ、ゴッホ展」だったということです。それらの画家は、今日では「ポスト印象派」というグループに位置づけられていますが、80年前のMoMA開館当時は今日の現代絵画作家のようなイメージで見られていたのかもしれません。

MoMAは、開館当初からそのような前衛的芸術をいち早く取り上げてきたということでしょう。

現在MoMAは、そのポスト印象派の作品を多数収蔵しています。上の写真はゴッホの有名な 《星月夜》 で、1889年に南仏サン・レミで描かれました。

その前年1888年2月に、ゴッホは南仏の強い日差しにあこがれてアルルにやってきました。同年10月には、ゴッホの呼びかけに応じてゴーギャンがパリから移ってきて、ゴッホと共同生活を始めました。しかしこの共同生活はまもなく破綻し、精神が不安定になったゴッホが自分の耳を切り落とすという事件が起こりました。

その後、ゴッホは自ら進んでサン・レミの精神病院に入院しました。その病院でゴッホは時おり襲ってくる激しい発作と闘いながら療養を続けましたが、上の写真の 《星月夜》 はその時期に病室の窓から見えるサン・レミの夜景を描いたものです。

ピカソ 《アヴィニョンの娘たち》
ピカソ 《アヴィニョンの娘たち》

 左の写真は、ピカソが1907年、26歳のときに制作した 《アヴィニョンの娘たち》 です。
横2.33m、高さ2.43mという大作で、MoMAの収蔵するピカソ作品の中でもひときわ存在感のある絵画です。

20歳でパリに移って来て以来、ピカソはポスト印象派の影響を強く受けていましたが、やがてセザンヌの立体的な画面構築の手法を研究し、それを通じて「キュービズム」への道をたどり始めました。

この 《アヴィニョンの娘たち》は、キュービズムへの第一歩にあたる記念碑的な作品です。

ここで、このウェブページの上のほうにあるモネの 《すいれん》とこのピカソの 《アヴィニョンの娘たち》を比較してみましょう。

モネの 《すいれん》は、前記のようにモネ最晩年の作品で、すいれんなどの形がぼやけてそのまわりに色彩がもうろうと広がるように描かれています。しかし、形状の把握は遠近法に則って明確に行われており、古典的な絵画技法に従っているのが見てとれます。

これら2つの絵画を比較すると、私どもは当然モネの 《すいれん》のほうがずっと以前に制作されたものであろうと考えます。ところが、実際には、ピカソの 《アヴィニョンの娘たち》のほうがモネの 《すいれん》より10年も早く制作されているのです。

これから、20世紀初頭から第一次世界大戦前後までの時代に、ヨーロッパではピカソなどを中心に造形芸術の大変革が起こされていたのがわかります。

マチス 《ダンス》
マティス 《ダンス》

 左の写真は、マティスが1909年に制作した 《ダンス》 です。横3.9m、高さ2.6mという大作で、私も久しぶりにこの作品に接して、こんなに大きな絵だったかと改めて驚きました。
マティスはダンスにはかなりの思い入れがあったようで、ロシア・サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館にも同じテーマの大作がありました。

現在MoMAにあるこの作品が、マティスのダンス連作の第一作だそうです。2002年に東京・上野の森美術館で開催されたニューヨーク近代美術館名作展にもこの作品が展示されたので、ご覧になった方も多いと思います。

マティスは、ピカソより12年早い1869年の生まれで、神話をテーマとした絵画で有名なギュスターブ・モローに師事しました。マティスらは、20世紀初頭から、原色を大胆に使い、激しいタッチで画面を構成する「フォーヴィズム」の運動を起こしました。

上の写真の《ダンス》は、前記ピカソの 《アヴィニョンの娘たち》 の2年後に発表されました。20世紀の初めには、19世紀以来の絵画がなお存続する中、マティスらのフォーヴィズム、ピカソらのキュービズムが台頭するという状況だったのです。

MoMAの中庭
MoMAの中庭

 2004年11月に、日本人建築家谷口氏の設計になるMoMA新館がオープンし、MoMAの展示面積はそれまでのほぼ2倍に増加しました。

MoMAの新旧の建物に囲まれた長方形の中庭は、正式には「アビー・アルドリッチ・ロックフェラー彫刻庭園」という名前だそうです。左の写真のように、高い樹木と噴水を持つ池のある空間で、広いMoMAの内部を歩き回って疲れた足をゆっくりと休めることができます。

夏季には、この中庭に野外カフェテリアがオープンします。

中庭の彫刻

 上記のように、この中庭は彫刻庭園になっており、方々にさまざまな彫刻が置かれています。下右の写真は有名なロダンのブロンズ作品 《バルザック像》 です。バルザックは19世紀フランスを代表する小説家の一人で、作者ロダンの同時代人です。
1897年に制作されたこの作品は、豪放で傲岸でもあったとされる大作家のイメージを現代の私どもに余すところなく伝えるように思われます。

下右の写真は、この庭園の名物ピカソのブロンズ作品 《牝山羊》 です。MOMAの中庭で陽光のもとで見る 《牝山羊》 の存在感は圧倒的で、私はMoMAに行くたびに中庭に出てこの彫刻の周りを何度も歩いて鑑賞します。1950年、ピカソ69歳のときの作です。

大聖堂内の祭壇 大聖堂内の祭壇

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