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アメリカ・ニューヨーク ワシントン広場 メニューへ

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ワシントン広場へ

 バッテリーパークかいわいを歩いてから、一休みしながら時計を見ると、まだ午後3時です。ミッドタウンのホテルに帰る方向なら、どこか近場でもう一ヶ所行けそうです。

マンハッタンの地図を広げると、ダウンタウンのグリニッジ・ヴィレッジに「ワシントン広場」があるのが目にとまりました。場所は、マンハッタンの目抜き通り5thアヴェニューの南の端、セントラルパークの南端とロワーマンハッタンのちょうど中間あたりです。

後で説明するように、私どもの世代ではワシントン広場という地名には独特の強烈な印象があります。さっそくホワイトホールから地下鉄に乗りグリニッジ・ヴィレッジに向かいました。地下鉄の駅は、W4StWashingtonSQが最寄です。

グリニッジ・ヴィレッジ

 地下鉄から外に出ると、駅前の広場でブリキのバケツを棒でたたきながら歌を歌っているストリートミュージシャンがいました。街はなんとなく薄汚れていて、歩道には犬の糞が落ちています。東の方向、ワシントン広場に向かって歩きながら、明るいうちにここを引き上げて地下鉄に乗って帰ろうと思いました。

道路沿いには古びた小さな建物が多く、この地区がマンハッタンの中で取り残されているように感じられました。下左の写真はアパートと思われる大きな赤レンガの建物ですが、ご覧のようにだいぶ年期が入っており、道路の方に向かっている正面に鉄の外階段がついています。ボストンの下町で同じような建物を見たのを思い出しました。

さらに東の方向に歩くと、かなり大きな交差点に出て、視界が大きく開けました。ふと北の方向を見ると、近くの小さな建物が立ち並ぶ中、はるか遠くに巨大な高層ビルがそびえているのが見えました。この建物は、特徴のある電波塔のフォルムから、すぐエンパイアステートビルとわかりました(下右の写真)。
この交差点からミッドタウン、5thアヴェニューのエンパイアステートビルまでは3.5kmほどもありますが、ニューヨークでもっとも高い超高層ビルはすぐそばにあるように見えました。

グリニッジビレッジ グリニッジビレッジ

ジャドソン記念教会

ジャドソン教会  さらに東に歩くと、やがて道路の左手に、高い木が繁った広場が見えてきました。そのあたりがワシントン広場のようです。

その手前、道路の左側にはニューヨーク大学の大きなビルがありました。現在ニューヨーク大学はこの地区で60あまりのビルを使用しているということです。

その少し先、ワシントン広場の入口の前に大きな教会がありました。これはジャドソン記念教会というバプティスト派のプロテスタント教会だそうで、左の写真のように高い鐘楼を持つレンガ造りの堂々たる建物です。
大学に隣接しているので、音楽など各種のイベントにも盛んに使われているようです。

ワシントン凱旋門

ゴールドマンサックスタワー  ジャドソン記念教会の前にある門からワシントン広場に入ると、広場の北側に巨大な凱旋門がそびえていました。
この凱旋門は、ジョージ・ワシントンがアメリカ合衆国の初代大統領大統領に就任してから100年にあたる1892年にそれを記念して建設されました。

前記のように、この場所はマンハッタンの目抜き通り5thアヴェニューの南端にあたり、セントラルパーク北から続く5thアヴェニューはここが終点になります。
左の写真では、広場の中から見ると、凱旋門の向こうに5thアヴェニューの並木道が北側に伸びているのがわかります。

エンパイアステートビル遠望

 ワシントン広場は、面積はそれほど大きくありません。また、広場の中には中央に大噴水がありますが、ほかには高い樹木と花壇などの植栽があるだけです。それでも大きな公園が少ないこの地区では、ここは住民にとって貴重なスペースになっているのでしょう。

ワシントン凱旋門の外には、高いポールの上に大きな星条旗が翻っていました。その星条旗のはるか向こうに、ミッドタウン、5thアヴェニューにあるエンパイアステートビルのタワーがそびえていました(下左の写真)。
下左の写真でエンパイアステートビルの右側に見える大きなビルは、ニューヨーク大学の校舎の一つです。

広場から東の方向を見ると、鐘楼のある大きなビルがありました(下右の写真)。地図で見ると、ニューヨーク大学のロースクールのようです。日本の大学では、法学部にあたるのでしょう。ニューヨーク大学のロースクールは、全米でも格が高いとされているそうです。

エンパイアステートビル遠望 ニューヨーク大学

ワシントン広場の夜はふけて

 上記のように、ワシントン広場は、それほど大きいわけでもなく、ワシントン凱旋門があるのを除けばごく普通の公園です。
しかし、ワシントン広場は作家、知識人、アーティストなどが多数住んでいたグリニッジ・ヴィレッジにあり、また多数の若者が通うニューヨーク大学に囲まれた位置にあるためか、昔から若者文化や自由主義運動の中心というイメージがあったのです。

ワシントン広場の夜はふけて 1963年に、ヴィレッジ・ストンパーズというニューヨークのフォーク・バンドが 《ワシントン・スクエア》 という曲を発表しました。
ヴィレッジ・ストンパーズはこの年に結成されたばかりの8人組の楽団でしたが、この曲はディキシー・スタイルの哀愁を帯びた曲調がうけて爆発的な人気となり、全米ヒットチャートの首位をうかがうほどになりました。

まもなくそのレコードが日本でも発売され、やはり若者層の人気を得て大ヒットになりました。その日本語版では、この曲は 《ワシントン広場の夜はふけて》 という名前が付けられました(左の写真)。
私も、曲の頭にバンジョーの乾いた音色のイントロがあったのをよく憶えています。

日本でも大ヒットになったので、この曲には日本語の歌詞がつけられ、歌としてさらに広く演奏されるようになりました。ダーク・ダックスなど当時のコーラスグループでも盛んに歌われたのを記憶しています。

この音楽の大ヒットにより、ワシントン広場は一躍世界的な観光名所になり、日本など海外からツアー客たちがたくさんここを訪れるようになりました。

その後、アメリカがヴィエトナム戦争に本格的に参戦てからは、ワシントン広場ではヴィエトナム反戦運動の集会が盛んに開かれるようになりました。フォーク歌手ジョーン・バエズは反戦運動家としても有名で、この広場で歌によりヴィエトナム反戦を訴えました。

2002年9月11日には、9/11テロの一周忌集会 《ピースフル・トモロウ》 がこのワシントン広場で執り行われました。ここから遠くないロワーマンハッタンで起こった9/11テロの犠牲者、そしてその後勃発したアフガン戦争、イラク戦争での死者の遺族、支援者たちがこの広場に集い、しめやかに犠牲者の皆さんの冥福を祈りました。

広場の大道芸人

  ワシントン広場は、マンハッタンの目抜き通り5thアヴェニューの南端という立地なので、最近ではミドルタウンの地価高騰を避けてこのかいわいにオフィスビル、高層アパートなどが建てられるようになりました。
そのためか、私どもが行ったときは、ニューヨーク大学の学生と思われる若者たちに交じって子供連れの家族やシニアの皆さんたちもたくさん見かけられました。後で知ったのですが、この広場の一隅にはチェスができるようになっているところがあるそうです。

穏やかな秋の午後、広場の一角ではストリートミュージシャンが足元に置いた拡声装置からの音楽に合わせてドラムスをたたいていました。近くに寄ってきてお金をくれる人もいないので、ときどき演奏を休んではまた面白くなさそうに再開していました。

しばらくすると、別の大道芸人が出てきて、広場に小さな台を立ててその上で何か芸を始めました(下右の写真)。白黒まだらの衣裳を着て、顔は白いマスクで隠しています。何か、アニメのキャラクターなのでしょうか。
ワシントン凱旋門から入ってきた通行人や自転車に乗った若者が、大道芸人たちのほうを見るでもなくその横を通りすぎて行きました。

広場の大道芸人 広場の大道芸人

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